日本能率協会コンサルティング寄稿 ”常に有事”の時代におけるBCP見直しと拠点戦略 第3回 南海トラフ地震にどう向き合えばよいのか

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目次

執筆:日本能率協会コンサルティング
全3回のうち、今回は「第3回目」のご紹介です。
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日本における自然災害の歴史と経済被害

2024年8月8日、宮崎県で最大震度6弱を観測した地震をきっかけに、2019年の運用開始後初めて「南海トラフ地震臨時情報」が発表されました。南海トラフ地震は、駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源域とした大規模地震です。この地震は、概ね100~150年間隔で繰り返し発生しており、前回の南海トラフ地震(昭和東南海地震(1944年)及び昭和南海地震(1946年))が発生してから80年近く経過した現在では、次の地震発生の危険性が高まってきています。第3回の本コラムでは、現実味を帯びてきたこの巨大地震に対して、我々、特に企業として、どのように向き合えば良いのかお伝えします。
国土交通省気象庁では、顕著な災害を起こした自然現象について名称を定めております。表1の地震現象一覧にある通り、直近10件の各現象を見てみると、北海道、東北地方、北陸/信越地方に多く発生していることがわかります。

表1:気象庁が名称を定めた地震現象一覧
(直近10件)

 名称期間・現象等「地域独自の名称等」、主な被害地方
北海道東北北陸/信越
1平成13年(2001年)芸予地震平成13年3月24日家屋等の被害や液状化現象が発生。
2平成15年(2003年)十勝沖地震平成15年9月26日津波により被害。石油タンクのスロッシングによる火災も発生。
3平成16年(2004年)新潟県中越地震平成16年10月23日「新潟県中越大震災」とも。川口町(現:長岡市)で震度7。規模の大きな山崩れや岩盤崩壊が発生し、道路が寸断。河道閉塞も発生。
4平成19年(2007年)能登半島地震平成19年3月25日家屋等の被害や山崩れが発生。
5平成19年(2007年)新潟県中越沖地震平成19年7月16日家屋等の被害のほか、山崩れにより鉄道が寸断。
6平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震平成20年6月14日家屋等の被害のほか、大規模な山崩れや河道閉塞が発生。
7平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震平成23年3月11日「東日本大震災」。栗原市(宮城県)で震度7。東北地方を中心に津波により大きな被害。長周期地震動や液状化現象により被害も発生。
8平成28年(2016年)熊本地震平成28年4月14日益城町(熊本県)(4月14日、4月16日)、西原村(熊本県)(4月16日)で震度7。家屋等の被害のほか、大規模な山崩れが発生。
9平成30年(2018年)北海道胆振東部地震平成30年9月6日厚真町(北海道)で震度7。厚真町を中心に多数の山崩れ、道内で大規模停電。
10令和6年(2024年)能登半島地震令和6年1月1日(対象となる現象は、令和2年12月以降の一連の地震活動)志賀町、輪島市(石川県)で震度7。家屋や港湾施設等の被害のほか、津波や土砂災害、大規模な火災による被害が多数発生。「令和5年奥能登地震」(令和5年5月5日発生)
国土交通省 気象庁「気象庁が名称を定めた気象・地震・火山現象一覧」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/meishou/meishou_ichiran.html より、JMACにて一部改変

しかし、これらはあくまでも直近10件、約20年程度の傾向に過ぎません。そもそも日本は地震多発国であり、世界のマグニチュード6.0以上の地震の約2割が発生しています。国内には約2,000の活断層が存在し、未発見のものもあります。そのため、大規模な地震がいつどこで起きても不思議ではありません。例えば、2016年の熊本地震は、直近10件で言えば傾向に当てはまらず、30年以内の発生確率が1%未満と言われていましたが、それでも発生しております。今後30年以内に発生する確率が70%と高い数字で予想されている南海トラフ地震や首都直下地震には、いかに注意しないといけないかがわかります。
図1の通り、気象庁が「防災情報のページ」の「地震災害」内で発表している「想定される大規模地震」によると、南海トラフ地震、首都直下地震などは、傾向に該当しない地域での被害が想定されています。こうした地域においては、地震頻発地域と比較するとBCP策定等地震への備えが不十分、意識も希薄である可能性はあります。
2011年に起きた東日本大震災では、過去の大地震の教訓による教育が生かされております。東北三陸地方に伝わる津波からの避難についての言い習わしで、「地震が起きたら津波が来るので、肉親にもかまわず、各自、てんでばらばらに逃げろ」という意味の津波てんでんこという言葉があります。この言い習わしは、三陸地方では防災教育の基本としてあったため、多くの命が助かったと言われております。筆者も数年前に三陸地方を訪問して現地の方々にお話をお伺いする機会がありましたが、津波への意識は高く、異口同音でこの言い習わしを説明でき、子供を含む個々人が避難ルートや避難所の把握等の事前準備が出来ておりました。同規模の地震が起きた場合でも、備えの有無や意識の差により、被害影響が大きく変わるのです。

図1想定される大規模地震

国土交通省 気象庁「地震災害」
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/hokenkyousai/jishin.htmlより、転載

では、我々企業が考えるべき、南海トラフ地震による経済被害は、どのような種類や程度のものなのかを考えてみましょう。
経済被害は、種類と範囲で考えるのが良いとされています。経済被害の種類は表2の通り、直接被害、間接被害の大きく2分別できます。直接被害は建物等の有形固定資産や棚卸資産への影響を指し、間接被害は利益や競争力の低下だけではなく、初動対応の悪さによる企業評価の低下等も含んだ直接被害以外の被害を指します。
被害影響の範囲は、2つの概念で捉えると良いでしょう。1つ目は時間軸です。被災直後~数か月、数か月~数年では考慮すべきリスクの種類が変わってきます。被災直後では工場や従業員被災による生産停止などがありますが、長期的な視点で見ると企業自体が撤退するリスクも考慮する必要があります。また、時間の変化に合わせて外部環境も変化していき、対応策や意思決定も変わってきます。
被害の影響範囲の2つ目は、被害エリアの概念です。被害想定を行う場合、被災地を思い浮かべる方々が多いかと思います。しかし、サプライチェーン断絶や消費の冷え込みなどは、被災地以外の全国に波及する影響であり、被災地以外の企業も想定リスクとして考えておかなければなりません。

表2被害区分

区分内容
直接被害 (ストック被害)建物・設備・機械装置等の有形固定資産・製品・仕掛品等の棚卸資産等の資産の被害
間接被害 (フロー被害)上記ストック被害以外の被害 ※詳細は表3~6を参照

表3被災地における被害の様相
(直後~数か月)

種類内容<直後~数週間後><数週間後~数か月>
直接被害建物・資産の被災、喪失、資産価値の下落• 損壊・喪失した多くの施設・設備の補修や建て直しに多額の費用が必要となる。• 液状化が発生した地域や津波による浸水被害が発生した 地域では、マンション等の施設や地価が下落する。
間接被害生産・サービス低下による生産額の減少• 工場や従業員等が被災し、生産力、生産額が減少する。• 被災した施設の復旧、代替生産、労働力の確保が遅れた場合、生産額が更に減少する。
• 顧客離れが進行する。
観光・商業吸引力の低下等• 観光・商業施設の損壊、交通アクセスの寸断、風評被害により 被災地及び周辺地域の観光・商業吸引力が低下する。• 風評被害等の影響が長期化し、他地域への顧客流出、観光自粛等による損失が増加する。
内閣府「南海トラフ巨大地震の被害想定について(経済的な被害)」より、JMACにて一部改変

表4:被災地における被害の様相
(数か月~数年)

種類内容<数か月~1年後><1年~数年後>
間接被害雇用状況の変化、失業の増加、所得の低下• 工場等の移転、事業撤退、倒産等により、被災地の雇用環境が悪化し、失業者が増加し、雇用者の所得が低下する。• 被災地復旧後も、被災地外や海外に流出した生産機能等が震災前の水準まで回復せず、雇用環境が改善されない。
生産機能の域外、国外流出• 海外への調達先の変更、工場の海外移転により、生産品の国際的なシェアが低下する。• 被災地外や海外に流出した需要が震災前の水準まで回復せず、国際競争力が低下する。
国際的競争力・地位の低下• 名古屋港等が機能を停止し、国際港湾としての地位が低下する。• 国際港湾としての地位の低下傾向が継続する。
復興投融資に伴う生産誘発効果• 復興投融資による生産誘発効果が徐々に顕在化する。• 復興投融資が本格化し、インフラ・建設関連産業を中心に生産誘発効果が生じ、景気の押し上げ効果が生じる。
内閣府「南海トラフ巨大地震の被害想定について(経済的な被害)」より、JMACにて一部改変

表5:全国への波及の様相
(被災地内外いずれにも生じる事象を含む)
(直後~数か月)

種類内容<直後~数週間後><数週間後~数か月>
間接被害電力需要の抑制※ 等による影響• 電力需要の抑制により、工場稼働率が低下し、生産額が減少する。• 電力需要の抑制による営業時間制限、電力使用の自粛等により生産額が減少する。
企業の中枢機能の低下• 企業の判断・指揮命令機能やデータセンター機能等が停止し、企業活動が停止したり、効率性が低下する。• 中枢機能の復旧が遅れた場合、生産活動再開の遅れ、非効率な企業活動等により経済への影響が拡大する。
サプライチェーン寸断による生産額の減少• 限定された工場でしか生産していない重要部品等の生産が停止したり、物流寸断により燃料・素材・重要部品の調達が困難となり、全国の生産活動が停止・低下する。
• 多くの食料品や生活必需品等の工場が被災して生産が滞るため、被災地外においても品不足が生じる。
• 調達先を海外に切り替える動きが顕著となり、生産機能の国外流出が進行する。
金融決済機能の停止• 個別の金融機関の支払不能、特定の市場または決済システムの機能不全等による債務不履行等の影響が、他の金融機関、市場、さらに金融システム全体に波及する。
東西間交通寸断に伴う機会損失• 幹線ルートの寸断に伴う迂回コストの発生、移動や輸送活動の取止めにより、経済活動が低下する。• 幹線ルートの復旧が遅れた場合、代替ルートの恒常的な渋滞が生じ、経済活動全体の効率性が低下する。
消費マインド・サービス産業の低迷• 買い控え等の自粛行動が生じ、商業・観光サービス業の売り上げが低下する。• 買い控え等の現象は徐々に解消される。
特定商品の価格の高騰• オンリーワン企業の被災による供給力の低下、流言等の影響により各地で買占めが行われ、特定商品の価格が高騰する。
• 食料品等の供給力低下に伴う品不足により、価格が高騰する。
• 流言の影響による買占めや価格の高騰は徐々に収束するが、オンリーワン企業の被災による商品の価格の高騰は数か月以上継続する。
株価等の資産価格の下落、金利変動等• 日本企業に対する信頼が低下した場合、株価や金利・為替の変動等に波及する。• 株価等の資産価格の下落等が生じた場合、資金調達コストが増大すること等により、企業の財務状況の悪化や倒産等が増加する。
海外法人の撤退• 被災地や電力需要の抑制が実施される地域を中心に、外国人の従業員が帰国し、労働力が不足する。• 日本に対する信頼が低下した場合、海外から日本への投資に影響する。
※ 節電要請、電力使用制限、計画停電等
内閣府「南海トラフ巨大地震の被害想定について(経済的な被害)」より、JMACにて一部改変

表6:全国への波及の様相
(被災地内外いずれにも生じる事象を含む)
(数か月~数年)

種類内容<数か月~1年後><1年~数年後>
間接被害特定商品の価格の高騰• 食料品や生活必需品の供給低下が長期化する場合、被災地外においても品不足、価格の高騰が継続する。
資金調達の困難化• 株価等の資産価格の下落等が生じた場合、資金調達コストが増大すること等により、企業の財務状況の悪化や倒産等が増加する。• 株価等の資産価格の下落や信用スプレッドの拡大等が長期化した場合、景気への影響が拡大する。
企業等債務残高の増大、債務不履行の増加
国際的信頼の低下• 海外の顧客への商品供給が長期停止し、日本企業に対する信頼が低下した場合、顧客離れが進行する。
• 日本の安全性への信頼が低下した場合、海外からの観光目的や商業目的の来訪者が減少する。
• 日本企業に対する信頼の低下が続いた場合、資金調達コストへの影響が生じる。
内閣府「南海トラフ巨大地震の被害想定について(経済的な被害)」より、JMACにて一部改変

自然災害BCPの未策定は命取り

「第1回 BCPの重要性の高まり」でも触れましたが、企業を取り巻くリスク対象は、インフレやテロ等のカントリーリスク、サイバー攻撃や落下物等の人為的災害など増えてきております。そのため、ありとあらゆるリスクに対応するため、オールハザード型BCP策定の機運も高まっています。しかし、自然災害BCPですら策定していない、もしくは機能しないBCP策定をしている企業が多いのが実情です。本章では、緊迫性が高まる南海トラフ地震に向けて、まずは自然災害BCP策定の重要性を2つの観点で説明します。
1つ目の観点は、「自然災害BCPにおける対応策や代替策は、様々な事象に応用可能」という点です。オールハザード型BCPと自然災害BCPは、別物として策定する企業もありますが、正常に機能する自然災害BCPが策定されていれば、様々な結果事象でリスクを捉えることでオールハザード型BCPとして転用が利きます。例えば、業務担当者が出社不可になり業務ストップした場合を考えてみましょう。地震などの自然災害により公共交通機関が止まり出社不可になる場合も、コロナウイルス等の感染症罹患による出社不可になる場合も、発生原因の事象は異なりますが、自然災害BCPで整理や策定した対応策・代替策にて対応ができます。具体的には、属人化の排除・標準化、脱ペーパー化等テレワーク推進などです。同じく、地震による停電発生に伴いシステム利用不可となった場合も、サイバー攻撃によるシステム利用不可となった場合も、システムを利用しないアナログな業務方法とそのマニュアル整理・教育が徹底されていれば対応できます。何に対応するのかよりも、どう対応するのかが重要なのです。
2つ目は、人命保護、安全確保の観点です。前章「1日本における自然災害の歴史と経済被害」にて説明した経済被害、特に間接被害における影響度や範囲は、企業によって異なります。しかし、人命優先の観点では、どの企業も検討範囲や責任、果たすべき役割は同じです。表7の様に南海トラフ地震の被害想定が予測されておりますが、首都直下地震や東日本大震災よりも被害想定区域が広いのが特徴です。本社だけではなく、店舗、営業所、支社、工場、物流センター等、拠点の形態を問わず影響を受ける可能性があるのです。つまり、南海トラフ地震の切迫性が高まっている現時点においては、全社版自然災害BCPだけではなく、拠点版BCP策定、少なくとも人命保護に向けた初動対応だけでも、策定は必須と言えるでしょう。

表7南海トラフ地震・首都直下地震の
人的被害の予測

No名称死者・行方不明者数被害想定区域住宅全壊戸数
南海トラフ地震約32.3万人 ※1茨城、千葉、東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知、福岡、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄※4約238.6万棟※2
(③の約20倍)
首都直下地震約2.3万人※2茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、山梨、長野、静岡 ※5約61万棟※2
(③の約5倍)
(参考) 東日本大震災22,118人※312万1,768棟※3
※南海トラフ巨大地震は平成25年3月時点のもの、首都直下地震は平成25年12月時点のもの。
※1 想定条件は「冬・深夜、風速8m/秒」、※2 想定条件は「冬・夕方、風速8m/秒」、※3 平成29年3月1日現在
※4 南海トラフ地震防災対策推進地域を含む都府県、※5 首都直下地震緊急対策区域を含む都県
国土交通省 気象庁「地震災害」
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/hokenkyousai/jishin.htmlより、JMACにて一部改変

対応策

気象庁は「余震」という言葉を使わなくなったのはご存じでしょうか。
その背景として第1章でも触れた2016年の熊本地震があります。2016年4月14日、熊本県で震度7の地震(M6.5)が発生したため、気象庁は家屋倒壊や土砂災害の危険性に注意を呼びかけました。しかし、約28時間後にさらに大きな震度7の地震(M7.3)が発生し、被害が拡大しました。この異例の状況により、2016年8月に政府の地震調査研究推進本部は「余震」という言葉を使わず、「同程度の地震」に注意を促す方針を示しました。これは「余震」が本震より小さいと誤解される恐れがあるためです。
熊本地震の様に地震の被害状況は、刻々と変化します。第1回コラムのレジリエンスBCMでも述べた通り、同程度の地震が約1日後に起きた場合のシナリオ、そして、そのシナリオにおける自社の対応策や判断基準など意思決定の仕組みを事前に構築しておく必要があります。
また、その対応策については、第2回コラムでも述べた通り、平時より有事を見据えて事前に対応しておくことが重要になります。本コラム第2章の表7でも触れた通り、南海トラフ地震は被災想定区域が広大です。第1章の表5~6にもある全国への波及も考慮し、自社の本社や拠点ではなく、サプライチェーン視点で考えると、全く影響がない企業はないと言えるでしょう。そのため、平時より結果事象に目を向けて、業務改善・改革等を含む対応策、中でも、人命保護に関する対応策は、企業・拠点としての責任があるため、優先的に行っていく必要があります。

執筆者

株式会社日本能率協会コンサルティング
生産コンサルティング事業本部 チーフ・コンサルタント

河合友貴

日本能率協会コンサルティング
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大手電機メーカーのSCM部門にて実務を経験した後、JMAC日本能率協会コンサルティングに入社。製造業を中心に、サプライチェーンやロジスティクス、拠点再編、統廃合のコンサルティングに強みを持つ。
昨今では、事業におけるリスクに広がりに合わせて、サプライチェーンリスク管理やBCP策定、全社リスクマネジメント体制構築などの支援もしている。

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