企業経営者に向けたCRE戦略概論 第6回 CRE戦略と企業財務との整合性 後編

「CRE戦略と企業財務との整合性 後編」のアイキャッチ画像

目次

Speaker

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授百嶋 徹 氏

前回のコラムでは、CRE戦略と企業財務との整合性に関わる基本的な考え方に言及した上で、事例分析として製造業のキヤノンを取り上げたが、今回も前回に続いて事例分析を行い、非製造業の大手スーパーを取り上げることとする。

事例分析:大手スーパー

(1)評価指標「建物の土地装備率」の導入

店舗の大型化が進む大手スーパーでは、土地投資と新規出店、企業財務などの戦略間でバランスを取ることが極めて重要である。
ここで店舗用地の所有と賃借の相対感をとらえるために、「建物の土地装備率」という指標を導入しよう。同指標は、バランスシート上の土地を建物・構築物(店舗建屋等)で除することにより算出される。
店舗建物を自社所有する場合、土地取得ペースが店舗投資のペースを上回れば土地装備率は上昇し、借地での店舗投資が高まれば低下することになる。

(2)土地の過剰投資が財務体質悪化や企業破綻につながった事例

店舗投資を上回るペースで土地取得が行われると、土地の過剰投資につながる可能性が高まり、それに伴う財務負担の増加が当該企業の財務リスク許容力を超えていれば、財務体質の大幅な悪化や経営破綻につながりかねない。ダイエーが2004年に産業再生機構に支援を要請した事例や、マイカルが2001年に会社更生法適用を申請した事例が、このケースに当てはまると考えられる。

マイカル(注1)は80年代後半から90年代初頭にかけて、他社と比べて突出した土地資産の拡大が続き、93年度以降は土地装備率が毎年100%を超えていた(図表1)。土地装備率の上昇に伴い財務体質が悪化し、破綻直前の2000年度末には株主資本比率が15%に急落した(図表2)。経営破綻後にイオンの支援を受け、2003年11月に同社の完全子会社となり、2005年末には会社更生手続を計画より7年早く終結した。イオン傘下での会社更生手続が奏功し、土地装備率は06~07年度末には90%台まで低下し、それに伴い株主資本比率も50%超に上昇し経営状況は正常化した。2011年3月にはイオングループの総合スーパー(GMS)事業を担うイオンリテールと合併した。

ダイエー(注2)も「建物の増加を上回る土地資産増→土地装備率上昇→株主資本比率低下」という経路で、財務体質が大幅に悪化したとみられる。2000年代に入り土地装備率が急上昇し、2002年度末以降に100%を超えるようになり、2001年度末と2004年度末に債務超過に陥った(図表1、図表2)。産業再生機構活用の枠組での金融支援に続き、イオンおよび丸紅との資本・業務提携により、企業財務の抜本的な立て直しが図られた結果、株主資本比率は2005年度末以降急回復し、2006年度末以降は20%台後半~30%台後半の水準に上方シフトする一方、土地装備率は2007年度末以降、200%台と突出して高い状況にある。イオンは、株式公開買付け(TOB)を経て2013年8月にダイエーを連結子会社化したのに続き、2015年1月には株式交換により完全子会社化した。

西友はマイカルやダイエーに比べれば、土地資産の増加や土地装備率の上昇が大幅ではないが、2001年度以降、「土地資産増→土地装備率上昇→株主資本比率低下」という悪循環に陥ったとみられる(図表1、図表2)。2002年に西友に資本参加した米ウォルマート・ストアーズは、2005年末に西友の資本増強・子会社化を実施したのに続き、TOBを経て2008年4月に完全子会社化した。

図表1 大手スーパー6社:建物の土地装備率の推移(単体ベース)
図表2 大手スーパー6社:株主資本比率の推移(単体ベース)

(3)相対優位企業は三者三様の戦略

イトーヨーカ堂も2000年代半ばまで、ほぼ一貫して建物の増加を上回るペースで土地資産が増加し、特に96年度末以降の土地装備率は100%超の水準に上方シフトした(図表1)。2006年度末以降のデータは、セブン&アイ・ホールディングス設立による持株会社制移行(2005年9月)のため、2005年度末以前との連続性が維持されていないが、参考値として見てみると、2006~2008年度末を除き120%を超えている。しかし、同社は株主資本比率も70%超と他社に比べて突出しており、高水準の土地装備率は財務リスクの許容範囲内であると考えられる(図表2)。イトーヨーカ堂は、前回の事例分析で取り上げたキヤノンと同様の事例であると言えよう。

一方、イオンはイトーヨーカ堂と対照的な動きを示している。借地を中心に積極的な新店投資を続けた結果、96~2007年度末の土地装備率は30%台と大手スーパーの中で最も低い水準にある(図表1)。2008年度末以降のデータは、持株会社制移行(2008年8月)に伴いイオン単体からGMS事業の移管を受けて設立されたイオンリテールの数値であるため、2007年度末以前との連続性が維持されていないが、参考値として見てみると、2011年度末以降50%台に上昇しているものの、最も低い水準にあることに変わりはない。一方、株主資本比率は比較的高い水準を維持し、特に2000~2004年度末にはイトーヨーカ堂に次ぐ水準を確保した(図表2)。2008年度末以降のイオンリテールの数値は、それ以前のイオン単体に比べ大幅に切り下がったものの、25~30%前後と概ね健全な水準を維持している。財務の健全性を維持する一方で、極めて低い土地装備率を堅持していることは、環境変化への対応のためには店舗さえ動かすという経営理念が、柔軟な出退店が可能な借地への選好につながっていることを反映しているとみられる(注3)。

ユニーの動きはイトーヨーカ堂とイオンの中間に位置していると言えよう。すなわち、土地資産は概ね建物の増加テンポに合わせて拡大してきた結果、土地装備率は極めて安定した動きとなっている。2000年代に入り緩やかな上昇傾向にあり、2009年度末以降は100%を超えているものの、イオンに次いで低い水準にある(図表1)。店舗投資と土地取得のバランスを取った拡大戦略が図られてきたため、株主資本比率も相対的に安定した動きとなっており、2000年代半ば以降は30%前後と比較的良好な財務体質を維持している(図表2)。2013年2月にユニーグループ・ホールディングス設立により持株会社制へ移行したが、ユニーがGMS事業を担う体制は変わらない。なお同ホールディングスは、2016年9月にファミリーマートとの合併により、純粋持株会社であるユニー・ファミリーマートホールディングスへ移行した。

(注1)2001年11月にイオンの支援を受け、2002年初より会社更生手続を開始し、2005年末に計画より7年早く手続を終結した。2003年11月末にイオンの完全子会社となり、2011年3月にイオンリテールと合併した。

(注2)2004年12月に決定した産業再生機構による支援を経て、2007年3月に締結されたイオンおよび丸紅との資本・業務提携の下で経営再建に取り組み、イオンによる株式公開買付けを経て2013年8月に同社の連結子会社となった(イオンの議決権比率は19.89%から44.24%へ上昇した)。さらに2015年1月には株式交換により同社の完全子会社となった(2014年12月に上場廃止)。

(注3)イオンの前身である岡田屋の家訓「大黒柱に車をつけよ」は、時代の変化に対応すべく自ら変革を遂げることを意味し、店舗立地については顧客が求める場所に店舗を移転することを示す。

企業財務との整合性を取ったCRE戦略の重要性

総合スーパー業界では、2000年施行の大規模小売店舗立地法により、店舗の大型化が進んだ結果、建物の投資額に加え敷地面積や駐車場規模も大型化し、財務体力とのバランスを取ったCRE戦略の重要性がそれまで以上に高まった。

その後、大型店出店に抑制的な改正まちづくり3法の施行(2007年11月に全面施行)に加え、オーバーストアや世界金融・経済危機を受けた大幅な景気悪化に伴う収益低下により、大型投資を抑制する局面も見られた。

続いて持株会社制への移行など経営体制の抜本的見直しや店舗再編など事業の再構築が奏功し、収益向上を背景に大型店の出店が再び散見されるようになっていたが、2014年度以降は大幅な業績悪化に陥り、GMS業界は再び苦境に立たされている。ダイエーは12年度以降4期連続の営業赤字に陥り、イトーヨーカ堂は15年度に1972年の株式上場以来、初めての営業赤字に落ち込んだ(注4)。イオンリテールは営業黒字を維持しているものの、14年度に前期比▲9割超の大幅な減益に陥り14~15年度は小幅黒字にとどまっている。ユニーは大手スーパーの中で唯一100億円超の営業利益を維持しているものの、15年度の利益水準は直近のピークの11年度に比べ▲4割超減少している。業績悪化を受けて、イトーヨーカ堂やユニーなどは店舗閉鎖に動いている。

GMS業界が今回苦境に陥った背景としては、人口減少・少子高齢化の進展による消費低迷にとどまらず、衣料・家電・家具などの有力専門店やネット通販の急成長といった構造的側面が大きいとみられ、同業界には抜本的な変革が迫られている。店舗の業態・ビジネスモデル、いわゆる「店舗フォーマット」の革新や店舗再編など抜本的な事業再構築を迫られているGMS業界だが、企業財務との整合性を取ったCRE戦略は、いかなる局面においても、企業経営の原理原則としてその重要性は変わらない。

大手スーパーの事例からわかるように、CRE戦略には企業財務面を通じて企業の命運すら左右する側面があり、経営の全体戦略の中で決して軽視することはできない。

(注4)イトーヨーカ堂は2005年の持株会社制移行に伴い、上場を廃止し持株会社の100%子会社となった。

監修者

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員

百嶋 徹

1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門で各々第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~10年)。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)CREマネジメント研究部会委員(2013年~)。明治大学経営学部特別招聘教授を歴任(2014~2016年度)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(JFMA主催、2007年)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

トップ > コラム > CRE戦略と企業財務との整合性 後編
メルマガ会員登録