モノからコトへ消費行動が変化するなか
企業価値と不動産はどうあるべきか
目次
自身の著書や「ワールドビジネスサテライト」などのテレビ番組で、日本経済や労働市場改革などの問題に鋭く斬り込む、ロバート・フェルドマン氏。日本の企業経営の課題は何なのか。不動産を保有する企業が着目すべきポイントは何か。これからのワークプレイスのあり方や都市計画など不動産に関わるご意見を、幅広い視点で伺いました。
「時間の経済学」を
理解しない企業は淘汰される
──近年、ITやAI、ロボットなど技術革新が進む中、消費や供給の流れも変わってきています。企業価値を向上させるための取り組みにも変化があると思います。企業が課題とすべき最大のポイントは何だと思われますか。
最も大きな変化は、この30年にわたるIT革命を通して、情報を入手するコスト、それを伝達するコストがきわめて安くなったということでしょう。たとえば、かつて手書きで書かれた手紙は、人や馬によって運ばれ、相手に届くまでに何日もかかるものでした。印刷機や電報・電信という手段が生まれることで情報のスピードやコストは変化を続けてきましたが、近年のインターネット技術誕生による変化は産業革命の比ではありません。今や電子メールを送れば一瞬で相手に届き、情報の入手および伝達のコストはほぼゼロに近づいたとさえいえます。
これは情報や商品を受け取る需要サイドに高い利便性と多くの選択肢が生まれたことを意味します。大量の情報に触れられるようになったことで、消費者は比較の結果良質な商品を安価で選択できるようになりました。
供給サイドにとっても、安くなった情報をいかにビジネスに活用するかというチャンスが生まれ、それを有効に活用しているかどうかで企業価値に差が生まれているのです。消費者が何を求めているかを以前よりも早く察知し、商品をより安く、より速く供給することができれば、その企業は市場で優位に立てます。いわば情報利用の精度によって企業価値が変わるのです。
一方では、共働きが増え、世帯ごとの労働時間も増えることで消費者もまた時間の使い方を考えるようになりました。消費者の時間を無駄遣いさせないこと、言い替えれば「時間の経済学」を理解することが企業にとってより重要になっているのです。
先日私は掃除機の購入を考え、家電量販店のウェブサイトにアクセスしました。「掃除機」で検索すると、数千種類もの商品の画像が並びます。しかしこれだけ多いととても選びきれないし、選んでいる時間がもったいない。そこで実店舗に出かけ、目についたものを購入することにしたのです。
その時、あらためてインターネット時代における実店舗の役割を考えました。実店舗でこそ、消費者にわかりやすく選択肢を提示することが可能な場合があるのだと。場合によってはインターネットで検索するよりも、時間を効率的に使うことができます。いわば消費者の「時間の経済学」を理解して、それに見合った商品陳列を行えば、実店舗でも十分生き残ることができるのです。
──米国のアマゾンが実店舗の展開を始めました。実際に店舗に出かける楽しみを再現することで、ネットとの相乗効果を期待しているのかとも思えるのですが。
確かに、店内を歩いていたら面白い商品を発見して、買うつもりではなかったのについ買ってしまう。これもショッピングの楽しみの一つです。そうした「発見」の喜びという要素をどう展開するかも実店舗の生き残り戦略の一つになるでしょう。また、ふだん自分が使っている常備薬などを買うのなら、どの薬局、どのサイトでも構わないわけです。しかし、そこに行かなければ手に入らないような商品は、やはり特定の店舗に行かなければならない。そうした稀少性をどう獲得するかも大切ですね。
オフィスは、人々が触れ合うことで、
アイデアが生まれる「場」
──モノを買うより、何か面白いコトを発見できないかなという期待で店舗へ出かける消費者もいます。消費行動がモノからコトへ変化しているということが言えるのでないでしょうか。その意味では、店舗に限らず「場所」の価値観に変化が訪れているようにも思えます。
私たちの業務領域に近いところでは、働く場としてのオフィスにも変化の兆しが見えます。固定席からフリーアドレスへの動きが加速していますし、固定電話さえ廃止する企業もあります。託児所を設けたり、減少の傾向にあった社宅や社員食堂を復活させる企業もある。根底には従業員同士のコミュニケーションをより活発化させたいという思いがあるようです。
ランチやスナックをどこで食べるかというのは、従業員のコミュニケーションにとって、実は結構重要な問題です。この前伺った金融情報の通信社の社屋には、広いオフィスのど真ん中にスナック・テーブルがありました。誰もがいつでも好きなものを好きなだけ取っていいそうです。ビュッフェスタイルのランチテーブルを囲んで、新たなビジネスヒントにつながるような会話が生まれるための工夫といえます。
また、アメリカのアニメ映画製作会社がカリフォルニア州に新本社建設を計画した時、大規模ビルであるにも関わらずトイレを一箇所にしか置かないという提案をしたそうです。社内外の人が皆同じトイレに行かなくてはいけませんから、途中で誰かとばったり会う確率は高まります。利便性の問題で結局実現はしなかったようですが、社内の風通しもよくなり新しいアイデアが生まれるようにとの提案でした。
一つのオフィス内はもちろんのこと、オフィスビル全体、あるいはオフィス街まで広げて、いろんな人が偶然出会えるような仕掛けを施すことは、コミュニケーションの活性化や創発性、ひいては生産性向上を生み出す土壌づくりという意味で、とても大切なことだと思います。
──これまでは場所と生産性の関係でいうと、オフィスでは従業員一人あたりの面積や、商業施設でいえば平米あたりの売上げなどの数値だけを求めてきたきらいもあります。しかし、それよりもいま大切なのは、いかに働きやすいオフィスをつくるか、人が集まるためにはどんな機能が必要なのかを考えるということですね。
合理性だけみれば、今はPCを使って自宅でも仕事ができる時代。なぜ人が集まって仕事をしなければならないのか、という問いが生まれるのも当然といえます。一方、以前は喫煙部屋に部署や役職と関係なくいろんな人が溜まって情報交換をする光景をよく目にしました。喫煙部屋のある会社は、コミュニケーションが活発になり、収益性も高いという研究もあるぐらいです。
やはり、大切なのは人と人がばったり出会う偶然性やコミュニケーション価値でしょう。もちろん、コンプライアンスの問題には配慮が必要です。例に挙げた喫煙部屋でも、交わされる秘密情報を誰か第三者が聞いているかもしれない。生産性に悪影響を与えない範囲で情報管理には気をつけなければなりません。
「イエスというべき時にノーを言う間違い」が
まだまだ多すぎる
──話は変わりますが、いま自動車を作る会社は必ずしも自動車メーカーだけとは限らない。電気メーカーが自動車を作っても全くおかしくない時代です。さらに自動走行が可能になると、クルマはもはや情報端末の一つということになる。クルマそのものの概念が変わってくるわけですね。そのような近未来的なイノベーションのなかで企業はどこへ向かうべきか。何に価値を求めていけばいいのでしょうか。
自動車会社がいま何を販売しているのかといえば、商品はたしかにクルマの形をしていても、A地点からB地点へ移動したいというユーザーのニーズを反映したサービスそのものだろうと思います。日本では自家用車の平均稼働率も低く、他の交通手段の技術革新を求めるユーザーも少なくないでしょう。消費者がクルマを買うのを止めてしまった場合、余ったお金に対して何を提供していくことができるのか、これまで自動車を製造・販売してきた実績があるメーカーであってもそろそろ本気で考えなければなりません。
自動車メーカーが例に挙がりましたが、これからの企業にとってリスクをどうテイクするかが重要な価値になってきます。リスクテイクの経験とやり方は国や文化によって違うもので、日本には新たな投資先に投資して失敗する事を強く避けようとするような風土があります。間違いをしないことを最優先するあまり、新たな投資をしなくなってしまう。これではイノベーションは生まれない。失敗をしてもよい企業文化を育てることが必要です。統計学的にも「イエスというべき時にノーを言う間違い」と、逆に「ノーというべき時にイエスといってしまう間違い」では、後者の方がリスクが逆に低いと思います。日本は「やるべきだけれど、やらない」という企業文化がまだまだ根強いようで、経済活性化を阻んでいる。
労働市場の改革は結果的に
企業価値も労働所得も向上につながっていく
──日本ではこれから先も確実に労働人口が減っていきます。この時代に、労働市場をどう改革していくのか、これもまたフェルドマンさんの重要な関心事だと聞いています。
いま政府主導で進む「働き方改革」は決して成功しているとはいえないように感じます。残業規制とか雇用形態ばかりが議論されて、労働市場全体の改革にまだ足を踏み込んでいないのです。
だからこそ、「働き方改革」の第二幕には期待しています。そこでは金銭的解決を基にした解雇規制の大幅緩和が必須です。正社員か非正社員かという区別はもちろんのこと、そもそも正社員という概念さえなくすべきだと私は提言しています。人は会社への帰属でなく、仕事の内容を通して評価されるべきです。その人の企業貢献が上がれば給料も上がる、そうでなければ下がるというシンプルな評価体系の導入が必要です。また、能力の高い人は複数の企業にまたがって働くことができるよう、政府は雇用の流動化を進めるべきです。それを促すために企業は並行してオフィス環境の整備に取り組むことが重要です。こうした労働市場の改革により日本経済が活性化し、結果的に企業価値も労働所得も向上にもつながっていくと私は考えています。
──働き方改革は、単に労働時間の短縮だけでなく、新しいワークプレイスの創出にも目を向けていく必要があると思います。そうなると、時間の使い方と場所のありかたの関連性が大きな意味をもつようになり、オフィス拠点についての考え方も変わっていくのではないでしょうか。
ワークプレイスや建物の変化に目を向けると、近年の技術革新でエネルギー効率のよいビルもたくさん建設されるようになりました。古い建物にしがみつくより、新しい技術を導入して作り直した方がエネルギー効率も格段に高まります。ただ、その基準をしっかり示し、投資プロジェクトを組まないと、いつまで経っても古いビルは残ったままになってしまいます。
そのためには、やはり行政を巻き込んだ都市計画レベルからの投資ということが必要になってきます。アメリカ・オレゴン州にポートランドという街があります。この町では30年前から都市計画が進み、1992年には都市の骨格となる50年後のビジョンを定め、成果を上げてきました。高齢者向けの住宅を利便性のよい場所に集中配置するなどコンパクトな街づくりだけでなく、持続可能な交通体系や人々が街に関わる仕組みづくりにも特徴があり、今では全米で一番住みたい都市に選ばれています。
なぜ日本の企業経営者は
ビジネスジェットを持たないのか
──最後にこれまでのお話を踏まえて、いま日本の経営者に求められている行動について何かご意見をいただきたいのですが。
まず改革すべきは、人事評価システムの改善、成果主義の報酬体系の徹底です。従業員もまた自分の評価が給料にストレートに表れるインセンティブを求めているわけですから、経営者もそれにいち早く応えるべきです。
もう一つは意識の上でのグローバル化の徹底。日本の企業がなぜビジネスジェット機をもっていないか、私には昔から不思議に感じています。新幹線が便利になってきているとはいえ、新幹線での移動だけでは海を渡ったビジネスはできません。グローバル・ビジネスといいつつ、その感覚はまだ国内に留まっているように感じます。知識への尊敬や製品を綺麗に仕上げるプライドといった日本の企業人が持つ美徳は保ちながらも、古い概念を壊して国境を飛び越えていこうという感覚は企業にとって重要な価値となってきます。
米中貿易戦争やイギリスのEU離脱など、いま世界では国際経済のバランスが崩れる恐れがあります。ただ、その影響は欧米や中国に比べると日本はむしろ少ないと私は見ています。むしろ日本の場合は、労働不足の方が深刻な問題です。私の計算によると、今後12~13年間で国内の労働力は500万人少なくなります。それを全て外国人の労働力で補うことはできません。この労働力不足時代だからこそ、人々はもっと効率的に働かなければならないし、そのためには新しいワークプレイスの創出やエネルギー効率の高いオフィスビル活用を含む、本当の意味での働き方改革が不可避だと思います。雇用の流動性が高まり、労働生産性が高まることと、不動産の価値を向上させることはけっして無縁ではない。私はそう思います。
Profile プロフィール
モルガン・スタンレーMUFG証券 シニアアドバイザー
ロバート・フェルドマン
モルガン・スタンレーMUFG証券(株) シニアアドバイザー。東京理科大学大学院経営学研究科教授 兼 イノベーション研究科教授。1953年アメリカ・テネシー州出身。1970年に交換留学生として初来日。イェール大学(経済学・日本研究学士)を経て、マサチューセッツ工科大学において経済学博士を取得。野村総合研究所、日本銀行で研究業務、その後国際通貨基金(IMF)勤務を経て、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券主席エコノミスト、モルガン・スタンレーMUFG証券日本担当チーフエコノミストおよび経済調査部長を務める。経済財政諮問会議に設けられた「日本21世紀ビジョン」専門調査会の「経済財政展望」ワーキンググループ委員も経験。専門はマクロ経済および金融構造論。「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系) 、「日曜討論」(NHK)などテレビ番組のコメンテーターとしても知られる。著書に『フェルドマン式知的生産術 ― 国境、業界を越えて働く人に』(プレジデント社、2012年)、『フェルドマン博士の日本経済最新講義』(文藝春秋、2015年)などがある。