日本能率協会コンサルティング寄稿 ”常に有事”の時代におけるBCP見直しと拠点戦略 第2回 リスク対応に向けた拠点評価と対応策

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執筆:日本能率協会コンサルティング
全2回のうち、今回は「第2回目」のご紹介です。
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拠点戦略とは

第1回では、リスク対象の増加と対象リスクの範囲の広がり、また、その対応策としてのレジリエンスBCMについてお伝えしました。BCPにおいて考えるべきリスクが、地震を始めとした自然災害に留まらず、戦争、テロ、インフレや為替相場等のカントリーリスク、サイバー攻撃、ドローンを代表とする飛来物等の人為的災害にまで増えてきていること、そして、その対象リスクの範囲も事業活動のグローバル化に伴い、これまでの自国もしくは自社国内のみであったものが、国内外を含むサプライチェーン上流・下流まで広がってきています。こうしたリスク対象の増加と範囲の広がりにより、いつもどこかでリスクを抱えている状態、つまり”常に有事“の時代におけるマネジメント手法である、レジリエンスなBCMについてお伝えしました。
レジリエンスなBCMにおけるモニタリング対象や評価項目は多々ありますが、その中でも第2回では、企業の重要な経営戦略の1つであり、企業のリスク評価の中でも押さえるべきポイントでもある拠点のあり方、拠点戦略についてお伝えします。
拠点戦略とは、企業が拠点を戦略的に配置し、その拠点を基盤として事業展開や事業活動をする戦略のことです。拠点とは、工場、オフィス、販売店、研究所など、事業を行う上で中心的な役割を果たす場所を指します。拠点戦略では、地理的な要素や市場の特性、競合他社の配置などを考慮して、どの場所にどのような拠点を配置するかを計画し、組織の効率性や競争力を高めることを目指します。
そのため、企業の事業戦略や中長期方針に則り、各拠点の位置づけや役割を明確にし、拠点の選定を行います。拠点選定時には、新設・移設・再編・集約に関するイニシャルコスト・拠点運営に関する労務費・経費等のランニングコスト等のコスト面、売上高に影響する商圏や提供サービス水準等を目的変数として、綿密なシミュレーション並びにシナリオ策定を行い、最適拠点数や拠点エリアを選定します。
最適拠点数検討時は、大きく集約と分散の方針に二分されます。我々、株式会社日本能率協会コンサルティング(以下、JMAC)がコンサルティング支援をする際に、クライアントから「AIで最適化計算をすれば、最適な拠点数はわかりますよね?」と言われることがよくありますが、企業の事業戦略や中長期方針が定まっていない、つまり何を目的とした、どんな役割を持つ拠点なのかが不明確な場合、どの最適化計算も正とはならないのです。

図1:物流ランニングコスト
シミュレーションのイメージ図

図2:配送業務におけるシミュレーション

拠点戦略の視点

拠点戦略のシミュレーション並びにシナリオの多くは、平時における定量化可能な範囲での金額面による検討がされるのが一般的です。勿論、それらの検討も重要ですが、拠点戦略では中長期の経営に関わるため、金額に表しにくくかつ先々を見据えた有事の際のリスクも考える必要があります。
物流センターを例に考えると、平時の金額面での検討、すなわちオペレーションコストにおいては、労務費を含む荷役費、輸配送費、保管費等で検討するケースが多いです。しかし、今後の事業を考えると、パートやアルバイト等の要員確保や雇用賃率など労働マーケット、発送締切時間に影響する路線便の基幹店の撤退状況等の輸送インフラ、取扱物量や在庫量の増加時における増床余地や近隣の外部倉庫有無などの拡張性も中長期的には考えなくてはなりません。特に、昨今は労働力不足と言われており、採用・退職リスクが以前よりも増しております。自動化や機械化が進んではおりますが、まだまだ労働集約型産業とも呼ばれる物流業界においては、労働者を集められないことは大きなリスクになります。また、同じく労働集約型産業と呼ばれ、生産と消費が同時に起きる(生産と消費の同時性)サービス業においては、将来的に生産市場(労働市場)と消費市場を満たすエリアの選定が重要になってきます。
機能別の視点、例えば研究開発機能においては、業界特性や企業競争力により適切な立地が異なります。工場併設型は、生産技術力や製造コスト等の製品作りこみに強みがある一方で、辺鄙なエリアに工場がある場合採用競争力が弱みとなります。アクセス重視の営業機能近接型は、ニーズを把握しやすく製品化までの開発リードタイムが短いことが強みではありますが、品質の作りこみには課題があります。研究力を強みとする学研都市型は、理系学生のRD職離れの影響を受けやすいことが弱みとして考えられます。
このように、拠点戦略や選定においては、コストシミュレーションだけでは測れない見えないリスクもきちんと洗い出し、その評価をした上でシナリオ策定をしないと、有事や中長期への備えが出来ないのです。

表1:研究開発拠点における立地類型

立地類型企業競争力主なキーワード想定リスク
工場併設型生産技術力
製造コスト
研究開発機能を持つマザー工場
試作品立上時の立ち会い
採用競争力低下
(辺鄙な地域が多いため)
営業機能近接型
(アクセス重視型)
開発
リードタイム
試作品のテストマーケティング品質問題
(品質作りこみ不足)
学研都市型
(産学連携型)
研究力オープンイノベーション
新技術/新事業・雇用創出
採用競争力低下
(理系学生のRD職離れ)

対応策

平時と有事、または短期リスクと中長期リスクと、分けて対策を検討したり実施したりすると、有事や中長期リスク等の対策における施策、つまり、”もしもの時の備え”に対する施策実施の優先度が低くなります。企業競争力を高めるために、平時の経済的合理性を求めて固定的なオペレーションを目指した結果、有事への柔軟性、中長期での可変性が失われてしまうこともあるでしょう。逆に、将来への備えに重きを置く、例えば、ゆとりのある設備稼働や人員配置等により、平時におけるコスト競争力が低下する等が考えられます。
そのため、対応策においては、平時と有事・中長期リスクに分けて考えるのではなく、”トレードオン”となる施策の実施が重要となります。トレードオンとは、二律両立とも言い、この中間にある考え方あるいはこの両方のメリットを採用するという考え方を指します。
例えば、情報管理で言えば、情報の一元管理が考えられます。情報の一元管理は、平時においても業務効率化にも繋がりますし、有事の際にも一元管理によりバックアップ体制が整えやすくなるため、復旧時間の短縮にも繋がります。中長期視点で言えば、基幹システムや業務システム刷新等の際にも、システム導入の初期段階の業務改革、システム要求分析、システム要件定義が行いやすく、スムーズな移行・本稼働が可能となります。
また、業務面で言えば、第1回「BCPとは」で述べた通り、標準化やスキルの可視化とその教育計画などが考えられます。平時においては、計画的な教育を行うことで能率向上(各人のパフォーマンス向上)により、生産性が向上します。有事の際で言えば、スキルが可視化されることにより、応受援体制が構築しやすくなります。また、各業務における必要スキルやそのレベル感が洗い出しておければ、中長期視点でも、事務業務で言えばAIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入、現場業務で言えばロボティクス導入も容易となります。
拠点戦略・拠点選定に関して、「拠点戦略の視点」で述べた物流センターの例で言えば、将来的な労働人口減少並びに賃率アップを見据えた自動化の推進があります。事務所や営業所の拠点に関しては5Sが身近かつ効果的な施策として挙げられます。5Sとは、整理・整頓・清掃・清潔・躾をローマ字読みした際の頭文字の「S」を取った言葉で、特に大事なのは最初の2つのS、整理と整頓です。整理とは、要るものと要らないものを分けて処分すること、整頓は、必要なものを使いやすい場所に置くことです。整理・整頓と聞くと、治工具や事務用品等のモノを想定しがちですが、情報の整理・整頓も重要です。整理と整頓が徹底されている職場は生産性が高いことは広く知られております。また有事の際に、モノや情報がどこに保管されているかがわかりやすいため、復旧も早く、きれいに片付いていることで二次災害の防止にも繋がります。中長期的にみても、不要なモノや情報がないと拠点移転や後任者への引継ぎも容易に行えます。
中長期的にリスクとなるから、有事への対策だからという考えではなく、将来の経済面・社会面・環境面・技術面から起こりうる変化も踏まえた、あるべき姿やありたい姿を基に、平時と関連付けて対応策を考えることが重要となります。つまり、最初に目標とする未来像を描き、次にその未来像を実現するための道筋を未来から現在へとさかのぼって記述するシナリオ作成の手法であるバックキャスト思考で、平時・有事・中長期リスクへの影響を加味した施策を検討すべきなのです。

表2:施策別成果・影響

観点 施策 施策による成果・影響
平時 有事 中長期
情報管理 情報一元管理 業務効率化 バックアップ体制による
復旧時間の短縮
基幹Sys・業務Sysの
スムーズな刷新
通常業務 標準化・スキル
可視化
生産性向上 応受援体制 AI・RPA・ロボット
導入
拠点 工場・倉庫 省人化・少人化 労務費の削減 出勤不可による
稼働停止の防止
労働人口減少や
賃料UPへの対応
事務所 5S(整理・整頓・
清掃・清潔・躾)
生産性向上 二次災害の防止
復旧時間の短縮
後任者への引継ぎや
移転の容易性

コンサルティング事例

最後に、弊社JMACがご支援した、大手化学メーカーにおける国内4工場の老朽化に伴う拠点再編の事例を紹介します。
まず、各拠点の位置づけ、役割の明確化、重要顧客や重要業務の選定をした上で、コストシミュレーション並びにシナリオ策定をしました。具体的には、A工場は大ロット製造を中心とした、研究開発機能も備えた基幹工場とする。B工場はA工場でカバーしきれない小ロットや特殊製品の製造、また万が一に備えたバックアップ工場としての役割を持たせる。C工場はA工場に集約し閉鎖、D工場は工場ではなく中間拠点として物流拠点化させることとしました。検討項目としては、イニシャルコストとして、製造エリア、屋外タンク、原料倉庫、事務棟等の建屋に関するコストと設備に関するコストを考え、ランニングコストとしては、図1のように物流ランニングコスト、直接人員と間接人員の労務費と経費を計算しております。
中長期リスクとして、国内市場の縮小を挙げており、将来の展望として検討していた海外市場強化に向けた海外工場への移設の容易性、もしくは土地の取得しやすさを含めた国内工場の拡張性等も検討項目に入れておりました。また、化学工場という特性より、郊外に工場を建設せざるを得なかったため、採用・退職リスクも金額換算して検討を行いました。
これらに加えて、自然災害BCPの観点でも検討を行っており、被災時のリスク評価を売上高ベースで行い、拠点統合による経済的メリット・デメリットも算出しております。移設に関わるイニシャルコストだけではなく、オペレーションに直結するランニングコスト、それに中長期リスクや自然災害も加味して拠点の位置・役割と拠点数の選定をしました。
常に”有事”ともいわれる時代において、自社において何がリスクでありハザードなのか、その発生確率はどの程度なのか、金額換算するとどの程度なのかを把握することはとても重要です。そして、把握するだけではなく綿密なシミュレーションを基にシナリオ策定を事前にしておき、モニタリングすることで、正しい意思決定を行える”レジリエンスなBCM”な体制を敷いておきましょう。中でも、拠点戦略・拠点選定は、大きな投資を伴うだけではなく、平時の企業競争力にも直結するため、”レジリエンスなBCM”の中でも重要な項目なのです。

執筆者

株式会社日本能率協会コンサルティング
生産コンサルティング事業本部 チーフ・コンサルタント

河合友貴

日本能率協会コンサルティング
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大手電機メーカーのSCM部門にて実務を経験した後、JMAC日本能率協会コンサルティングに入社。製造業を中心に、サプライチェーンやロジスティクス、拠点再編、統廃合のコンサルティングに強みを持つ。
昨今では、事業におけるリスクに広がりに合わせて、サプライチェーンリスク管理やBCP策定、全社リスクマネジメント体制構築などの支援もしている。

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