経営者視点で見る令和時代のM&A

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 1997年前後の金融ビックバン後、国内金融機関の大再編などM&A(企業買収・統合)がメディアを賑わせていた時代がありました。その後の日本経済の構造転換と共に、M&Aは経営・事業戦略の一環として重要な役割を担うようになり、日本企業による海外企業の買収も当たり前になっています。2018年のM&A件数は年間3,850件に達し、2019年度も史上最高を更新する勢いです。それに伴ってM&Aの活用手法も精緻化し、とりわけ企業価値に大きな割合を占める不動産については、デューデリジェンス(資産調査)を徹底することが求められています。
 M&Aをめぐる最新の傾向と、経営者が意識しておかなければならない注意点を、M&A情報の専門企業であるレコフデータの岩口敏史会長と、2016年に開設した三菱地所リアルエステートサービス投資助言部の三好実、小原慎司が語り合います。

経営課題達成のための
重要な手段としてのM&A

──かつてのM&Aにはネガティブなイメージもありましたが、近年は統合や合併を通して企業力を強化しようという戦略的なM&A案件が増えています。あらためて80年代以降の日本におけるM&Aの歴史を振り返っていただけますか。

岩口 1985年からのM&A件数の推移(図参照)を見ると、1997年ごろから一気に増えていることがわかります。いわゆる金融ビックバンを契機として、日本の金融構造が間接金融、銀行主導の時代から、直接金融、市場主導の時代へと大きく転換した潮目に当たります。法律、会計制度も変わり、企業ガバナンスという言葉も認知されるようになりました。それに伴って、企業価値を向上させ、外部環境の変化に対応するという経営課題を解決するための手段の一つとしてM&Aが広まってきました。
 2008年のリーマン・ショックで件数は半分に減りますが、2011年には反転し、その後は急増しています。日本企業が外国企業を買収する「IN-OUT」の件数は2012年、バブル時代の1990年を上回り過去最多になりました。2018年には日本企業同士のM&A「IN-IN」も2011年の約2.6倍の水準で推移し、M&Aの全体の件数は過去最高に達しています。2019年はさらに過去最高を更新する見込みです。
 増加の背景には、企業にとっての経営課題が多様化していることが挙げられます。例えば、日本の人口動態の変化に伴う事業承継や事業再編は急務であり、それを有効に進めるためにM&Aが当たり前のように使われるようになりました。国内市場が縮小すれば、海外市場に打って出る必要があり、その時は海外企業の買収が具体的な選択肢になります。
 また、日本企業はIoT、AIなどの第4次産業革命への対応も迫られています。技術の取り込みを目的とした大企業によるベンチャー投資は活況で、さらには10年後20年後の新事業の“種”を探すという考え方でベンチャー企業への投資を行っている大企業も多数でてきています。ここでもM&A手法がよく使われるようになってきました。

M&A市場の長期のトレンド

デューデリジェンスにおける
不動産専門企業の役割

──M&Aを検討する際、不動産はどのように関係してくるのでしょうか。

岩口 97年以降、外資系投資銀行などが日本で積極的にM&Aのアドバイザリー事業を展開するようになりました。それに伴って、海外のM&Aのテクニックが日本にも導入され、デューデリジェンスも進化しました。不動産の価値を収益性や遵法性も含めて精査する不動産デューデリジェンスもその一つです。M&Aでは不動産資産が大きな割合を占める業種があります。例えば運輸、倉庫、小売流通、ホテル、介護施設など不動産を所有して、そこから収益を獲得している業種です。
 そういった業種のM&Aでは不動産の持つ価値に関して、将来にわたる収益性やリスクも含めて判断材料をそろえるデューデリジェンスが不可欠です。業種ごとに不動産デューデリジェンスの手法も精緻化され、不動産専門企業に資産調査をお願いするケースも増えています。
 プライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)には、プロフェッショナルな投資家として最新のM&Aのスキルが集積されています。彼らは、資産の査定も含めてフィーを惜しまずに徹底的に外部プロフェッショナルのスキルを活用する傾向があります。このことが中期的・結果的にM&Aによる収益を最大化することを理解しているからです。こうしたスキルは今後事業会社同士のM&Aにも使われるようになるでしょう。

三好 確かに不動産は企業の固定資産に占める割合が大きい場合があります。私たちには長年にわたる不動産仲介業務の経験を通して、不動産に着目した企業価値判断のノウハウがあります。実際に、近年はPEファンドなどから企業に投資するにあたって不動産の価値を判断して欲しいと相談されることも増えています。正確にリスクを判断して、買い手と売り手の合意形成を促すために、私たち不動産専門企業のノウハウが求められるようになったと感じているところです。

ダウンサイドのリスクをどこまで見積もれるか

──M&Aにあたって最も難しいこととは何でしょうか。

岩口 M&Aは買い手企業(買収側企業)からすれば投資の一環です。全ての投資がそうであるように、M&Aにも必ずリスクが潜在している。それを承知で大きな意思決定をしなければなりません。
 大きな意思決定が伴うという点は、売り手企業(被買収側企業)にとっても同じこと。何代も続いた老舗企業の当主が、自分の代でのれんを売却してしまうことに躊躇する気持ちもわかります。業績や不動産価値など数字的な部分は理解できても、それを踏まえていざ自分が決断するとなると、やはり難しい。もちろん、決断は経営者の主たる仕事ではあるのですが、それができるかどうかは経営者の能力や経験、人柄に左右されるところが大なのです。
 売り手と買い手双方にとって重要なことは、ダウンサイドのリスクをどこまで見積もれるか。外部要因も含めて諸条件のリスクが下振れした場合を想定し、最悪でもここまでだなと見積もれるかどうかが重要です。それがないとM&Aの決断はギャンブルにもなりかねない。そのためにも、デューデリジェンスが極めて重要になります。

小原 私たちがよく売り手の立場から相談を受けるのは、相続や事業承継のタイミングです。後継者のために資産や事業を残したいという思いは経営者なら誰にもあるもの。その場合、事業は他企業に譲ってマンションなどの収益不動産を後継者に承継させるケースもあるし、逆に事業は手元に残したまま、不動産だけを他企業に売却・賃貸し、その収益を設備投資に回すというケースもあります。
 いずれにしても、何を売却して何を残すか、企業をどのような形で継続させたいかは、経営者の思いやその企業が所有する資産などによって取り得る対策は様々です。特に企業が所有する資産の中で、不動産は金額も含め大きなインパクトを与えるものですので、これを如何に活用するかは次の事業展開に大きな影響を与えます。

岩口 中小・小規模事業者で後継者が未定な企業は127万社にのぼるとの統計もあります。事業承継がM&Aの重要なタイミングになるのは事実です。その際には、不動産専門企業のノウハウを活かすべき業種も多いと思います。将来を見据え、幅広く相談のできるアドバイザーを早めに見つけることをお薦めしたいですね。

岩口敏史が語る

M&Aにおける経営者の“鉄則”とは

──M&Aにおいて、経営者が気をつけなくてはならないことは何でしょうか。

岩口 総論でいうと、M&Aはやる前に時間をかけることが鉄則。企業規模やケースにかかわらず、準備には念を入れて取り組まなければなりません。
 売り手企業においてはまず自社の企業価値とその源泉を正確に知っておくことが大切です。実際、何が企業価値を生んでいるのか、店舗の立地なのか、従業員のサービスなのか、それとも創業経営者自身がトップセールスマンとして価値を生んでいるのか。売り手が自前で行う事前のデューデリジェンス、セラーズ・デューデリジェンスと言われるものが大切です。それはM&A案件が浮上する前からやっておくことです。いずれそういうことがあるかもしれないと見越して、自社の企業価値の源泉を正確に把握しておくことは、たとえM&Aがなかったとしても、企業を経営していく上で重要なことです。
 創業経営者の存在が最大の企業価値になっているというケースでは、経営者自らがもつ価値を何らかの形で承継しなければなりません。他企業に買収される場合でも、自分の代わりになるような後継者候補を派遣してくれる企業など、その価値を肩代わりしてくれる企業を探さなければなりません。逆に言えば、そういう企業こそがその売り手にとっての相手先として適していると言えます。
 買い手企業にとっては、買収後数年間にわたり必要な追加投資の金額を見積もっておくことは必ず実行しなければなりません。例えば買収資産の中に増築された店舗があり、従来の建ぺい率・容積率に合わせるための改築費用はいくらかかるか。スポーツクラブなどではいつ水回りを更新する必要があり、そのための投資にいくらかかるかなどを、事前に定量化しておくことです。不動産が重要な買収対象資産になる場合は、このデューデリジェンスは重要です。

──最後に、今後の日本のM&Aはどのように推移していくとお考えですか。

岩口 少子高齢化など人口動態の変化を見ていけば、事業承継のタイミングを起点にしたM&Aは今後増えることはあっても、けっして減ることはないでしょう。第4次産業革命に対応した事業変革も、すでにM&Aの大きな要因になっています。2019年のM&A案件は私たちの調査によれば、昨対比20%で増えていますが、その傾向は今後も続くと考えています。
 これに伴って、M&Aのスキルも細分化すると同時に進化していきます。不動産デューデリジェンスの結果を軸として価格交渉を行うM&A案件も増加すると思います。これまでのM&Aでは日本の製薬企業が外資を7兆円で買収した事例が最大規模ですが、街の飲食店数店舗を別の飲食企業が買い取るケースも小規模なM&A取引として数多く実行されています。今後も、大企業から中小・零細企業に至るまでさまざまなカテゴリーで、M&Aが経営目標を達成するための手段として使われていくことは間違いありません。

岩口敏史が語る

Profile プロフィール

株式会社レコフデータ 取締役会長

岩口 敏史

1986年東京大学理学部卒。ミシガン大学経営学修士(MBA with High Distinction)。山一證券にて営業企画、人事、外国債券引受を担当後、ボストン コンサルティング グループを経て、1998年レコフ入社。M&Aセミナーの講師実績多数。株式会社レコフ取締役 マネージング・ディレクターを兼務。平成29年度経済産業省「我が国企業による海外M&A研究会」委員

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