不動産を流動化させて経営の劇的な改善を。
バイアウト投資市場からみた企業のCRE戦略

「不動産を流動化させて経営の劇的な改善を。<br>バイアウト投資市場からみた企業のCRE戦略」のアイキャッチ画像

目次

 投資家から資金を募って企業を買収し、ハンズオンの経営関与によって事業改善をゴールに、売却・株式上場による収益を目指すバイアウト・ファンド。これら多くの案件を手がけてきたジャフコの南黒沢晃氏に、最近の内外におけるバイアウト市場の動向や、投資先企業におけるCRE戦略の重要性、具体的な企業価値向上のケースをお伺いしました。

海外投資家から見た成熟して安定した日本、
チャンスのアジア市場

──バイアウト・ファンドにおける御社の役割をお聞かせください。

 ジャフコは1973年に創立し、投資会社としては日本で最も長い歴史を持っています。主に事業会社、金融会社など投資家から資金を募ってベンチャーキャピタル投資、バイアウト投資を行い、日本、シリコンバレー、アジアの三極に展開しています。私の所属するバイアウト投資の部門では主にレイターステージ(成熟期)の企業をバイアウトし、ハンズオンの経営関与によって事業改善を行った上で、M&A・株式上場による収益を目指すビジネスモデルを得意とし、それを役割だと考えています。ジャフコ自身も自社が運用するファンドに出資しているため、ファンドリターンを上げ続けないと、新しいファンドを組成できないし、ジャフコとしても事業収益を上げることができない構造にあります。

──バイアウト・ファンドの最近の動きで何か特徴的なものはありますか。

 高度成長期に会社を興した経営トップがシニア層になり、後継者問題が深刻になっています。また、グローバルな競争環境に置かれるようになり、ファミリー企業的な体質ではやりきれなくなってきた。そういう企業が我々のようなファンドと一定期間組んで、海外への展開や新規事業の展開を一緒に取り組んでいくという事例も増えています。いわゆるオールド・エコノミーの業種でそうした例が目立ちますね。
 世界的にみれば、日本市場はけっして高利回りはではないが、相対的にボラティリティ(価格変動性)が低く安定した成熟マーケットであるという認識が広まっていて、ファンドに投資して日本企業やその不動産を買いたいと考える海外投資家は依然多くいます。
 一方で、アジアの市場は金融緩和や引き締めのサイクルが繰り返されるたびに値動きが激しい、変動性の高い市場といえます。大きなゲインを得られる可能性もあるが、その分リスクも大きい。
 なかでも銀行の不良債権比率が高まっているといわれる中国・韓国では、今後、不良債権処理の動きが強まることが予想されます。かつての日本でもそうだったように、銀行は不良債権をまとめて廉価で売るようになるでしょう。そこに紐づいた企業・不動産を買いに行こうと狙っている投資家は多い。海外投資を強めたいと考えている投資家には、新たなチャンスと考えている人達もいます。
 東南アジアでも不動産賃料はずっと上がってきていましたが、金融引き締め予想が高まってきている中で、ここ最近は上げ止まってしまっています。国によっては賃料は下がり始めているところもあり、飲食業やサービス業にとっては、進出がしやすい環境が生まれてくると期待しています。

南黒沢晃が語る

財務的リストラクチャリング「外科的手術」では
不動産ポートフォリオの再構築が不可欠に

──バイアウト・ファンドが企業買収、経営改善、売却を行うとき、一般的にはどのようなプロセスを踏むものなのですか。

 対象企業によって違いますが、企業再生がらみの案件ですと、まずはデューデリジェンス(買収対象企業の調査)を行ったうえで、財務的なリストラクチャリングをしなければなりません。いわば「外科的な手術」です。アセットをたくさん保有している企業の場合、ここに不動産が密接にからんできます。その後は、事業の収益率を高める「内科的な手術」が必要です。ファンド組成から経営関与を進め、株式上場やM&Aなどを経てゲインを得るまでに、平均で5年ぐらいかかります。

──昨今、企業経営においてROEやROAを重視する風潮が強まっています。それはバイアウト・ファンドを組むうえでも重要になりますね。

 もちろんです。バイアウト・ファンドは別名「LBO(レバレッジド・バイアウト)」ファンドとも呼ばれます。少ない自己資金であっても、買収先の資産及びキャッシュフローを担保にすれば多額の買収資金を調達することが可能です。ただ、買収先の資産及びキャッシュフローを担保にしたレバレッジ(借入)にも限界があって、やはりROEを高めるためにはその会社のROAを高めるしかない。そのためにこそ、収益性の低い不動産や事業がある場合、統廃合や売却を行い、資産効率を上げることが不可欠になるのです。

──不動産価値を評価する上では何が一番ポイントになりますか。

 不動産にかかっているファシリティコストに対して、その不動産を活用して上げる収益性のバランスが最も重要ですね。デューデリジェンスの過程では、事業はたしかにうまく回っているが、必ずしもその場所でやる必要はないのではないか、と思われるケースによく遭遇します。
 例えば工場一つとっても、ファシリティコストが高いのにそれを手放さない。かつては有力な取引先や流通拠点と近かったとか、その地での人材採用が有利だったとか、理由はあるのです。ただ、そうした環境が変わっているのに、その場所に固執する経営者がいる。その認識を修整する必要があります。時代の流れのなかで事業環境を判断し、工場や支店・拠点などの不動産ポートフォリオをフレキシブルに組み替えることが大切になります。

不動産の調査分析とリスクの定量的把握が、
売買条件を有利にする

──企業不動産には、価格の低下リスクや災害リスク以外にも、土壌汚染や法令違反などの不動産リスクもつきものです。これら潜在的なリスクがバイアウトのときに表面化することも多いのではないですか。

 一般的にM&Aにともなって、企業不動産の流動化は頻繁に行われますから、流動性を阻害する要因を極力減らしておくことがきわめて重要になります。
 土壌汚染を例にお話しすると、土壌調査ではいくつかのフェーズがありますが、たいていは何も調査されていない。対応されている企業でも過去の地図や写真などの地歴資料や担当者へのヒアリングなどの段階〈フェーズ1調査〉に止まっていて、実際に地面を掘って土壌汚染の有無を確認〈フェーズ2調査〉している事業会社はほとんどないと思います。となると、過去に化学物質を扱っていたような企業を買収するとき、私たちファンド側もリスク込みの評価額を提示せざるを得ない。売主側にとってはそのリスクの分だけ、安く売らざるを得ないということになります。
 あるいは、バイアウトにあたってデューデリジェンスをかけてみたら、工場敷地の中に未登記物件が含まれていた、というようなケースも散見されます。
 大丈夫です。きれいです。問題ない。今の市価で買ってくれと言われても、その前に社内で不動産の価値評価・リスク評価がきちんとされていなければ、言い値で買うことはできません。

──もう一つのリスクとして、「工場財団」の問題があるとも聞いています。

 工場抵当法にもとづき工場建屋や敷地、工場の設備、さらに工場の使用権などを一括し、抵当権の目的とするために登記した財産を「工場財団」といいます。立地的に遠くに離れて存在している工場を一つの工場財団として登記する方法もあります。ただ、工場財団として登記してしまうと、全体で一つのものとしてみなされるので、部分的な出し入れが難しくなります。一つの工場だけを切り離して売却しようにも、工場財団そのものが担保に入っているので、金融機関から借入などに不便性が生じます。いったん、工場財団の枠組みを解かないといけませんから。
 工場財団の方式はその企業にとっては、かつては意義があったのかもしれません。しかし、財団を組んだときとは経済環境や財務条件も変わっているのに、そのままの状態を続けているのであれば、これが新たなリスクになる可能性があるわけです。

──企業不動産に関する調査分析をしっかり行って、リスクを定量的に把握していれば、定価で売買できるものを、それがないから半分以下になってしまうということもあるわけですね。

 企業は、何かあったとき虎の子のアセットを売ることで財務的な補完をせざるを得ないこともあります。あるいは外部環境の変化によって国内不動産の集約を急きょ迫られるようなこともある。例えば、海外進出の機会を狙っていた企業において、お目当ての拠点に入居できるチャンスが突然訪れた。国内工場を集約するよい機会だ。ただ、それを聞いてから準備していたのではおそらく間に合わないでしょう。
 いつ何時、自社不動産の流動化が必要となるかわからない。そのためにこそ、日常的に準備をしておくことが不可欠です。つまり然るべきCAPEX (不動産や設備の価値を維持または向上させるための設備投資に関する資本的支出)定期的にコストをかけて、不動産としての価値を維持しておくことも重要だと思います。バイアウトにおいても買収する側は、買収した後に想定外のCAPEXが発生しないかどうかをたえず懸念しています。

南黒沢 晃が語る

不動産流動化の“成果”を見せることで、
経営者の意識は変わる

──CRE戦略が重要だという認識は広まっていると思いますが、経営トップが率先してCRE戦略をリードしている企業は、まだ少ないと思います。CRE戦略が焦眉の課題になっていない背景には何があるとお考えですか。

 不動産は所有するものという前提がまだ強いのでしょうね。買うか、借りるか、経済合理性で判断したときどちらが賢いのか。これは個人がマンションを買うのか借りるのかという判断と一緒です。
 まず所有か賃貸かという二択の選択肢が明確になっていない。効率性の低い不動産を売却して、それをリースバックのように借り直すという方法もあり、それで事業収益性が大幅に改善する例もあるのに、なかなか議論の対象となることが少ない。ただ、実際にBS/PL(貸借対照表/損益計算書)上でも明らかな成果が上がれば、経営者の不動産に対する思い込みがたちどころに変わる、という経験を私たちはよくしています。
 一つ事例を挙げますと、都心の駅から徒歩3分に6階建ての所有ビルをお持ちだった製造業の事業再生案件です。その業態でなぜ最寄り駅徒歩3分という利便性が重要なのか、しかも豪華絢爛な自社ビルを持つ必要があるのか、私たちも最初はわかりませんでした。
 バイアウトを進めるなかで、ビルの現状はそのままにして賃貸利回り物件として所有したいという私募ファンドが現れました。私たちはそこにビルを売却し、1~3階部分をリースバックして使うという提案を行いました。都内にある必要のない製造設備等の一部は地方に移転することにしました。ビル売却のキャッシュでその会社はこれまでできなかった新しい設備投資をすることができ、生産効率も向上し、事業収益を改善することができました。私たちバイアウト・ファンドの側もそれで投資の一部を回収できた。誰も損をしないスキームが実現したのです。
 不動産の流動化はこのように劇的な改善を生むことがあります。BS/PLやROE、ROAなど指標的に目に見えた改善が図れることがわかれば、日本の企業経営者の考え方も大きく変わってくるのではないでしょうか。

──私たちCREサービスベンダーにとってもそれは大きな課題だと思います。これからのCREサービスベンダーへ何か期待することがあれば、最後にぜひお話し下さい。

 私たちはあくまでも最初は経営全体の最適化という視点から考えていく習性がありますが、私たちのような投資家だけではなく、会計ファームなどのコンサルタント業界のなかにも、企業経営のアドバイスをする立場の人もたくさんいると思います。このとき、不動産の視点から経営をみるというスタンスもあれば、より豊かな提案がなされるのではないかと思っていました。
 逆に、不動産系の企業の人たちが、会計や税務などの専門的な視点を持つことで、より的確な経営サポートができるだけでなく、経営改善の方法論の一手段として不動産をどのように活用するべきかという提案ができるようになるのではないでしょうか。いわば不動産を軸にした事業シミュレーションですね。そうした観点からのCRE戦略を立案できる企業であれば、経営者にとっても良きパートナーとなることでしょう。

Profile プロフィール

株式会社ジャフコ
事業投資部 戦略投資グループリーダー

南黒沢 晃

1973年生まれ。2012年ジャフコ入社。事業承継案件が中心であった同社のバイアウト投資において、新たなアプローチとして事業再生案件・大企業からのカーヴアウト案件・エクイティと不動産のハイブリット型案件などをソーシングからエグゼキューション、アセットマネージ、エグジットまで一貫して手掛ける。PE投資以外に、ディストレス投資・不動産投資の実績も多数。

トップ > コラム > 不動産を流動化させて経営の劇的な改善を。バイアウト投資市場からみた企業のCRE戦略