現在において考えるべき
リスクマネジメントとCRE戦略

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 地震、水害など大規模な自然災害が頻発するおり、事業継続の基盤である、オフィスや工場など企業不動産のリスク管理があらためて問われている。不動産証券化に関わるリスク評価業務のプロである、東京海上日動リスクコンサルティングの渡部弘之氏に、不動産リスクについて対応の現状や、CRE戦略のなかにリスクマネジメントをどう取り入れるべきか、お話を伺った。

建築関係の書類や図面を
整備することがまず重要

──建物のリスクについて概要からお聞かせください。

 会社としては、火災や自然災害への対応、地震後のBCP(事業継続計画)、プロダクト・ライアビリティなど企業のリスクマネジメントに関するコンサルティング全般を行っています。そのなかで不動産リスクに特化しているのが私の部署。不動産売買における購入サイドに対しては、リスクの多い建物を買うことがないよう、建物の遵法性の評価や、CAPEX(不動産に関する資本的支出)の観点からアドバイスを行っています。
 売却サイドからは、はたして自社の企業不動産(CRE)が売り物になるのか、中長期の修繕コストはどのぐらいかかるのかという相談が多いですね。また、売買にかかわらず、コンプライアンス的観点から遵法性は担保されているのか、特に近年は、大規模な建物について耐震診断を義務づける法律ができましたので、それに関する相談も増えています。

──CREを遵法性という観点で考えるとき、まず注意を払うべきはどういう点でしょうか。

 重要なのは建築基準法です。新築時には誰もがこれを重視しますが、長年の維持管理の間に建物が増改築され、現状では基準法に沿ったものになっているのかどうか判断できなくなるケースがあります。技術的な知見が必要なので、一般の人にはなかなかわかりにくい。
 法定点検は定期的に実施されているとはいうものの、後からの増改築や用途変更に対する管理がきちんと行われていない場合もあります。例えば、自社のオフィススペースの間仕切りを、使い勝手がいいように変更することはよくあると思いますが、緊急時の避難経路を考慮していないケースがあったり、オフィスを店舗や飲食に用途変更をする際に申請を行っていない場合があります。建築専門家の知見がないと評価ができないのに、そういう知見が入らずに工事をしてしまう例が散見されます。

──建築基準法や法定点検一つをとってもさまざまなリスクがあるわけですが、それに対処しろと言われても、不動産専門家ではない担当者はどこから手をつけていいかわかりません。

 最初に取りかかるべきは、資料の整備だろうと思います。遵法性評価にあたっての基本的な資料は、建築関係の書類や図面です。代表的なものに建築確認書類、検査済証、構造計算書、さらに修繕履歴、改修履歴などがありますが、これらの資料が保存・整備されていないことは、意外と多いものです。最初の確認申請図、計画変更のときの申請図、その後の増改築図面などを一連の流れ、“ヒストリー”として把握していなければならないのに、それを辿ることができないケースがよくあります。
 「倉庫にしまい込んであるみたいなのですが…」と言われて、私たちが倉庫で古い書類がつまったダンボールを開くこともあったりします。資料が揃っていないと、遵法性評価にも時間がかかってしまいます。
 建物の耐震性、耐用年数、修繕費用、さらには構造計算書についての評価依頼も多くありますが、そこでも建物のヒストリーにかかわる資料や図面は重要です。

渡部弘之が語る

耐用年数を把握し、再調達コストとの比較で
修繕コストを算出

──耐用年数の評価や修繕費用の算出ではどのようなところがポイントになりますか。

 自社の建物をあと何年使い続けることができるのかは、企業活動において重要な関心事です。耐用年数を考える上では法定年限とは別に、物理的にどのぐらい持つのかという判断も欠かせません。例えば、鉄筋コンクリートの建物の場合、内部の骨材が外気に触れて腐食するのに60~70年かかると言われます。これを物理的耐用年数だとすると、次に必要になるのが経済的な耐用年数の評価です。
 エレベーターや給排水設備なども含めて、今後修理を続けていくと、どのぐらい費用がかかるのか。ときには、建物をもう一度作り直したほうが安くつく場合があります。
 不動産評価では、建物を一新する再調達コストと比べて年間修繕費用が何%になるのかという指標がよく使われます。建築後15年目ぐらいですと0.5~1%が目安ですが、修繕をしないまま30〜40年が経過をすると3〜4%を超えることもあります。修繕コストが3〜4%超になると、建物を一から作り直したほうが経済的には安くつくかもしれません。これは不動産売買でも重要な指標で、あまりに修繕費用がかさむような建物には、買い手の側も二の足を踏むことになります。

1981年以前の建物には耐震診断が必要

──多数の事業拠点をもつ企業にとっては、全拠点の全物件について、耐震性や耐用年数、修繕費用などの調査を行うとなると大きな手間になります。調査費用だけでも膨大なものになります。

 調査費用はどのぐらいかかるのかとは、私たちもよく聞かれることです。例えば「耐震診断義務化の動きが出てきたので、この際、対象物件でなくても全部の建物の調査をやってみたい。しかし、耐震診断には費用がかかる。簡易な方法でできないか」という相談です。そういう場合は、まずはプレ診断として簡易な調査を行い、そこで優先順位をつけてから本診断に入ってはどうかという提案をしています。

──最近の調査事例のなかでは具体的にどのようなものがありますか。

 技術系の人材派遣会社の例ですが、関東、関西、名古屋圏にオフィスやトレーニングセンターを抱えている。自社で建設した物件も、途中で取得した物件もある。20~30年のスパンで今後、どういう費用が発生するのか調べて欲しいと依頼されたことがあります。空調機などの内部設備についても耐用年数を算出し、故障が発生する度に修理するのと、予防保全的な観点で適度なタイミングで更新するのと、どちらが経済的合理性があるのか、その比較表を提示し、メンテナンスの判断材料に使っていただきました。
 また、製造業の工場の例では、遵法性の評価ですが、こういうケースもありました。製造現場の使い勝手を考慮して中二階部分の床を張ったり、レイアウトを変更するなど、たびたび増改築を繰り返していたのですが、その古い工場建屋を売却するときに遵法性の観点からの調査が必要になりました。中二階の床を増床したことで増築申請が必要となったり、構造安全上の問題が出てくるので、本来はその問題をクリアしてから工事すべきなのですが、それがされていなかった。一般論として言いますと、製造業の方は機械設備の更新には強い関心をもちますが、意外と工場建屋などには関心が低いことが多いですね。

耐震性評価は年々厳しくなっている

──いまCREの観点でトピックスになっているのは耐震関係です。特にPML(予想最大損失率)評価が厳しくなってきています。

 特に外資系ファンドの投資家の目が厳しくなっています。東日本大震災の経験や、首都直下型地震への不安が背景にあるようです。耐震性評価では、構造計算書のレビュー依頼も増えました。かつては一部の物件だけだったのですが、最近は建物診断と必ずセットになってやるようになりました。ホテルや旅館、一部の商業施設は、2015年12月末までに耐震診断を終了するように義務づけられましたので、それに合わせた駆け込み需要も増えています。
 耐震診断は図面さえ揃っていれば、通常4ヶ月で終わりますが、これがない場合は、実際にコンクリートに穴を開けたり、非破壊検査などをして構造図をもう一度作り直さなければならないことがあります。また補助金交付を受けての耐震診断の場合は、評定委員会の審査にさらに時間がかかりますから、最低でも半年という場合もあります。
 地震がいつ発生するのかについては人智の及ばないことですが、それに備えて耐震診断をいつ始め、いつ終えるかは十分スケジューリングできる仕事です。いざ地震が発生したらその後の建設コストは急騰するはず。その前に、自分たちでゴールを設定しながら対策に取り組むことが重要になります。

耐震診断の基準(Is値)

──今後の建物リスク診断はどういう方向性に進みますか。

 昨今は水害も深刻化しています。こうした状況変化を柔軟に取り入れ、診断項目を時代とともに変化させていくことが大切です。
 不動産売買にかかわる遵法性の意識は以前に比べるとはるかに高くなっています。かつては耐震補強を将来やりますと行って見積もりを出すだけで金融機関から融資を受けることが可能なケースもありましたが、今ではそれは許されない。消火器一つとっても、設置したことの証明写真が書類に添付されていないと、融資話が先に進まないこともよくあります。リスク診断の厳格化はさらに進むと思います。

渡部弘之が語る

不動産リスクの専門家との協業が欠かせない

──企業のCRE担当者は、いま何から準備をするべきか、アドバイスをいただけますか。

 最初に申し上げましたが、まずは建築関係の資料や図面などの情報整理から手をつけていただきたいと思います。そのためにも、建築設計事務所、CRE戦略やリスクマネジメントのコンサルタントなどプロフェッショナルを味方につけることが大切です。建築関係では専門的な知識がないとその重要性すら判断できない資料がたくさんあります。これらの整備状況を確認してデータベースを作成したり、物件ごとに優先順位をつけて耐震診断に取り組んだりするためには、やはりプロの力が必要です。
 企業が法令を遵守することはもちろん大切ですが、たんに法律を守ってさえいればいいというのではなく、これからは従業員や地域の安全安心を担保するという、より高いレベルに立ってリスクマネジメントを行っていくことが重要だと思います。実際、東日本大震災をきっかけに、耐震性のある自社ビルをさらに建物の揺れが少ない制震構造に補強した経営者がいました。ビルが倒潰しない以上に、建物内の従業員の安全を考えた結果だと聞いています。こうした先進的な取り組みが徐々に広がっていくといいと思います。アスベストやPCBなどの環境汚染問題についても、こうした取り組みは必要になっています。

──CRE戦略の中に、そうしたリスクマネジメントの観点がもっと加わるべきだと私たちも考えています。CRE情報の一元化を進めるにあたっては、私たち三菱地所リアルエステートサービスもソリューションを提供しています。建物リスク調査という点でも、今後、御社との協業機会が増えていくと思います。本日はありがとうございました。

Profile プロフィール

東京海上日動リスクコンサルティング
不動産デューデリジェンス本部 本部長

渡部 弘之

早稲田大学理工学研究科卒業。1989年東京海上火災保険入社。企業向けのリスクマネジメント部門での地震や風水害リスクに関わるリスク評価モデルの開発。土壌汚染保険商品の開発等を経て、2005年より現職にて不動産証券化に関わるリスク評価業務を立ち上げる。これまでのREIT(不動産投資信託)向け等のエンジニアリングレポートなどの実績は10,000件を越える。

わたしたちは、CRE戦略のプロとして移転・拠点統廃合をサポートします。現状課題の可視化・戦略立案からアフターフォローまでおまかせください。
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