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事例①:顧客からの要請を受けた拠点分散化

 顧客からの呼びかけや要請により、海外に生産拠点を分散化した事例として、HOYAが挙げられる。同社は、東日本大震災直後の2011年7月に、当時世界シェアが約85%に達していた半導体製造用マスクブランクス(注1)の新工場をシンガポールに建設すると迅速に発表し、新工場は翌年9月に早くも稼働を開始した。それまでは山梨県の長坂事業所(北杜市長坂町)で集中生産していたが、震災を受けてBCP強化を考慮し、拠点の分散化を行う方針へ迅速に転じた。
 同社最高経営責任者(CEO)の鈴木洋氏は、この発表の直前にマスコミのインタビューに対して、「マスクブランクスなど日本の1か所だけで生産しているキーパーツ(重要部品)は、顧客からリスクが高いと震災前から指摘されていた」「以前は(拠点分散化は)技術を分散するデメリットが大きいと考えていたが、顧客の不安を考えると自分の都合を優先できなくなった。コスト増は覚悟している」(注2)と語っていた。
 同社は、全社ベースの海外生産比率が当時50%前後に達し、積極的な海外展開を行う一方、マスクブランクスについては日本での一極集中生産を堅持してきたのは、同製品が独自の技術やノウハウが詰まったものだからだろう。シンガポール立地を選択した背景として、税制などの積極的な企業誘致優遇策に加え、知的財産保護を重視する国の取組が重要であったとみられる。
 大手半導体メーカーのルネサス エレクトロニクスは、東日本大震災の際、主力の那珂工場(茨城県ひたちなか市)が被災し甚大な被害を受けた。同社は自動車のエンジン制御などを担う基幹部品である車載マイコンでは、当時世界シェア44%を握る最大手であったため、同工場の生産停止は一時自動車産業のサプライチェーン寸断の大きな原因の一つとなった。従業員が一丸となって復旧に取り組んだことに加え、プラント、ゼネコン、製造装置、電機、自動車など外部企業からも1日最大2,500人が復旧支援に駆け付けたことから、復旧作業は急ピッチで進み、2011年4月にテストラン、同6月には当初計画から3か月前倒しして量産再開にこぎ着けることができた。
 同社は、東日本大震災の体験に基づき全部門でBCPの総点検を行い、同8月には全社の事業方針の中でBCPの強化策を打ち出した(注3)。内容は、本稿で述べてきた施策メニューの大半を取り入れたものとなっている。まず東日本大震災による被災のダメージが大きく復旧に時間がかかったポイントを洗い出し、そこを重点的に改善するとともに、工場の耐震性能を従来の震度6弱から東日本大震災と同レベルの6強に強化することとした。生産体制については、顧客が2か所以上の量産工場を準備する「マルチファブ化」(注4)を要望していることに対応し、自社の国内工場と海外の受託製造企業(ファウンドリー)を活用した代替生産ネットワークを拡充し、マルチファブ戦略を加速することとした(注5)。在庫保有情報や代替品選別のための情報などを顧客に開示し共有することで、「リスクコミュニケーション」も強化していくこととした。さらに顧客の生産ラインを止めないことを目標に、部材調達から仕掛品や完成品の在庫コントロールを行うことで、より一層のSCM強化を図ることとした。

事例②:バーチャルな代替生産機能の整備

 一方、生産拠点を実際に二重に配置するのではなく、他工場にバーチャルに代替機能を持たせている事例として、富士通のPC事業が挙げられる。
 東日本大震災の際、福島県伊達市のデスクトップPCの拠点(富士通アイソテック)が被災し、島根県出雲市のノートPCの拠点(島根富士通)がデスクトップPCの代替生産を行い、準備されていたバーチャルな体制がリアルに切り替わった。「被災した福島県のデスクトップPC生産ラインをわずか10日間で島根県の工場に移管した。通常2週間以上かかる新ラインの立ち上げを3割以上短縮できた計算だ。準備してあったBCPの成果ともいえる」(注6)。

(注1)半導体の製造工程の心臓部に当たる、回路パターンをシリコンウエハーに転写するリソグラフィ(露光)工程において使用されるパターンの原版をフォトマスク、その基板をマスクブランクスと呼ぶ。

(注2)日本経済新聞2011年6月8日朝刊「トップに聞く収益見通し/HOYA最高経営責任者 鈴木洋氏」より引用。

(注3)施策の内容は、ルネサス エレクトロニクスHP「事業方針(2011年8月2日)」より引用。

(注4)半導体産業では、製造工場をファブ(Fab)と呼ぶことが多い。

(注5)例えば、主力のマイコンについては、拡充するファブネットワークに組み込む自社の国内拠点として、当初は5工場6ラインを予定していたが、その後収益改善に向けた生産構造改革を実施した結果、現状では那珂工場(200ミリ及び300ミリウエハー対応の各々製造ライン)、川尻工場(200ミリライン)、西条工場(200ミリライン)の3工場4ラインを自社の国内主力拠点として生産継続している(鶴岡工場(300ミリライン)および滋賀工場の一部(200ミリライン)は他社に譲渡した)。

(注6)日本経済新聞電子版2011年6月3日「メードバイJAPAN/富士通が生産移管で学んだ「ムダ」と「ムラ」」より引用。震災2日後の2011年3月13日に生産移管を決定、同23日に移管作業を終え、福島の工場が復旧した後の4月18日、再びラインを戻したという。

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