企業経営者に向けたCRE戦略概論 
第8回 CSR(企業の社会的責任)とCRE戦略

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目次

Speaker

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授百嶋 徹 氏

経営トップが企業価値を最大化させるためには、個々の戦略の部分最適ではなく、CSR(企業の社会的責任)の視点を踏まえた上で、あらゆる経営資源の全体最適化を図る必要があり、CRE戦略もこの全体最適化のなかで決定されるべきであると第1回のコラムで指摘した。CRE戦略の実践においてもCSRの視点が不可欠であり、今回のコラムでは「CSRとは何か」を考察した上で、CSRを踏まえたCRE戦略の在り方について考えてみたい。

CRE戦略実践のための「三種の神器」

2003年が「CSR元年」と言われ、CSRという言葉はここ10数年で急速に広まったが、企業不祥事は依然として後を絶たず、日本企業はCSRの在り方を問われ続けている。

筆者はCSRの実践とは「企業の利益追求のプロセスに環境や社会への配慮を組み込む誠実な経営を継続的に行うことである」(注1)と考えるが、これは「事業プロセスを通じて社会的課題の解決という社会的ミッションに誠実かつ継続的に取り組み、その結果として利益追求を行うことである」と読み替えてよい。

ここでの「事業プロセス」には、R&D・生産・販売などの事業戦略を担う企業活動にとどまらず、CRE、経理・財務、人事、ITなどの「シェアードサービス型」(注2)の企業活動、寄付行為などの社会貢献活動(メセナ)、省エネ・植林などの環境保全活動など、あらゆる企業活動が含まれると考えるべきだ。

つまりCSRの実践においては、企業活動の一挙手一投足を「環境や社会への配慮」という「フィルター」にかけることが不可欠であると考える。あらゆる企業行動がCSRにより規定されるべきであり、これを経済学的に言えば、企業のとるべき利益最大化行動は、CSRという制約条件の下で利益最大化を図るための、あらゆる経営資源の全体最適解を求めることである。CSR活動と社会的ミッションそのものは、常にあらゆる経営戦略に対する「上位概念」と位置付けるべきだ。

「マネジメントの父」と称されるピーター・F・ドラッカーは、1974年に刊行された名著『マネジメント』の中で「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは組織自体のためではない。自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである」「社会の問題の解決を事業上の機会に転換することによって自らの利益とすることこそ、企業の機能であり、企業以外の組織の機能である」と指摘し、「自らの組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割」の重要性を説いた。

すなわち、事業活動を通じた社会問題解決による社会変革(ソーシャルイノベーション)は、営利企業、非営利組織、行政など営利・非営利を問わず、あらゆる組織の社会的責任(SR:Social Responsibility)であると言えるのだ。社会的企業(ソーシャルベンチャー)を創業する社会起業家が、ソーシャルイノベーションの旗手として脚光を浴びるようになってきたが、社会的企業やNPO・NGOだけが「社会的」であるのでなく、あらゆる組織が「社会的事業体」であるべきなのだ。

企業の存在意義は社会的価値の創出にこそあるべき

営利企業の存在意義も、単なる財サービスの提供ではなく、それを通じた社会的課題の解決、すなわち「社会的価値(social value)の創出」にこそあるべきであり、経済的リターンありきではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められる。

社会的価値の創出と経済的リターンの獲得を二分法的に別々のレイヤー(階層)としてとらえるのではなく、企業が社会的価値の創出(図表中の①)と引き換えに経済的リターン(図表中の③)を受け取るということがあるべき姿ととらえるべきだ。両者は密接不可分の関係にあり、かつ社会的価値が経済的リターンに対する「上位概念」であると考えるべきだ。社会的価値と経済的リターンを二層構造でとらえる限り、CSR活動と利益追求が別個の遊離した活動となりかねず、また無理やり両者を接合するための概念として「戦略的CSR」という造語を持ち出さなければならなくなるのではないかと思われる。

また、企業が受け取るリターンには、経済的リターンに加え、非金銭的なモチベーションがあると考えられる(図表中の②)。具体的には高い志を達成したことによる満足感ややりがい、さらには社会からの企業に対する評価向上が挙げられる。このような非金銭的な社会的評価が従業員のモチベーション向上ひいては生産性向上、人材確保、顧客拡大、行政からの協力獲得などにつながり、経済的リターンとの好循環が起きることが期待される。

経営トップの役割としては、志の高い社会的ミッションを企業理念として掲げ、それを全社に浸透・共有させ、組織風土として醸成し根付かせるとともに、社外のステークホルダーからも共感を得て、多様なステークホルダーと一致結束する関係を構築することが極めて重要だ。

CSRは、従業員、株主、取引先、顧客、地域社会、行政など多様なステークホルダーとの高い志の共有、言わば「共鳴の連鎖」(注3)があってこそ実践できる。高い志への共鳴の連鎖を通じて醸成される、企業とステークホルダーとの信頼関係は、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」(注4)と呼ばれるものであり、CSRを実践するための土壌となる。

営利企業の行動を社会的ミッションの実現に仕向けるためには、多様なステークホルダーが企業の社会的ミッションに共鳴し、企業がそれを実現すれば社会が高く評価することにより、企業にミッション達成のやりがいを感じさせることが必要だ。企業とステークホルダーの間にこのようなコンセンサスが醸成されているなら、仮に経済的リターンが短期的に見込めなくとも、企業はやりがいや社会からの評価などの非金銭的リターンを糧に社会課題の解決に乗り出すことができるだろう。

企業を取り巻く多様なステークホルダーの社会的価値創出への共感が、社会変革に向けた企業のCSRの取組を円滑に促進し、結果としてCSRの実践と引き換えに企業に経済的リターンをもたらすと考えられる。

社会変革の旗手として、社会的企業・社会起業家への期待が高まっているが、本来は営利企業も高い社会性を有するべきであって、その社会性が社会的企業やNPO・NGOを常に下回ると考えるべきではない。営利企業も「社会的企業」と呼ばれるべく、高い志を持って社会変革に邁進しなければならない。そうすれば、「社会的企業」「社会起業家」という呼称は必要なくなる。社会的企業・社会起業家の台頭は、志の低い営利企業へのアンチテーゼととらえることもできよう。

図表 持続可能な社会

(注1)筆者が拙稿「環境効率を応用した環境格付けの試行」化学工業日報社『化学経済』2002年9月号、および同「電機にみる産業復権の条件⑤」日経産業新聞『ビズテク塾』2003年12月25日にて提示した考え方である。

(注2)「シェアードサービス型」の経営戦略については、第1回 CRE戦略の企業経営における位置付けと役割を参照されたい。

(注3)注1と同様。

(注4)組織間のコラボレーション活動を円滑に機能させる、組織間の信頼感や人的ネットワークを指す。

地域コミュニティとの共生の視点

次にCSRを踏まえたCRE戦略の在り方について考えてみたい。企業がCSRを実践するためには、多様なステークホルダーの応援・協力が欠かせないことを指摘したが、CRE戦略においては、とりわけ各種のワークプレイスやファシリティが立地する地域社会との共生を図り、良き企業市民として地域活性化に貢献する役割が重要だ。

土地は地域に根ざした公共財的な性格を持ち、再生産することができない経営資源である。企業がそこに研究開発施設や工場、営業店舗、本社などを構築し、土地を開発・使用する段階において、地域社会の自然環境や景観に何らかの影響を与えるため、事業を行う上で地域コミュニティの理解と協力が欠かせない。そこでCRE戦略が果たすべき役割としては、地域社会の信頼を勝ち得るために、環境や景観に配慮した適切な不動産管理が必要条件となる。

さらに物的な不動産管理にとどまらず、CREの空間としての利用価値を高める事業を行うことにより、CREを起点とした地域活性化や社会的課題の解決を図ることが何よりも重要である。これはCSRを実践することに他ならない。CREはCSRを実践するためのプラットフォームの役割を果たすべきだ。結果として雇用や税収の増加などの経済効果を通じて社会の活力向上、すなわち社会的価値が地域にもたらされる。環境や社会に十分な配慮を行う、高い社会性を有する企業が地域社会に集積することは、地域の中長期のサステナビリティー(持続可能性)向上につながると考えられる。

企業が地域社会で創出しうる社会的価値

企業が自社の事業所が立地する地域社会で創出しうる社会的価値とは、どのようなものだろうか。

(1)開発・製造拠点等

最初に製造業のケースを考えてみよう。まず、社会的課題の解決に資する製品を開発・生産する拠点の立地・操業により、地域の雇用創出や税収増といった経済効果を通じて、地域活力や行政サービスの向上をもたらす可能性があるだろう。

また、地域の大学・高等専門学校(高専)・公設試験研究機関(公設試)や行政関連機関との産学官連携や、地域の中堅・中小企業との企業間連携による共同研究開発の推進を通じた、社会変革につながるイノベーション(新技術・新事業)の創出や地域人材の育成が挙げられる。

さらに、企業が地元に立地する研究開発施設や試作工場などのファシリティを産学官連携や企業間連携における「オープンイノベーション」の場として活用したり、場合によってはファシリティの新増設を行うことも考えられよう。

また、自社の工場・福利厚生施設などの跡地・未利用地の活用が考えられる。地元の自治体と協力・連携して、他社の事業所(工場、研究開発施設、営業店舗、本・支社など)を誘致することに加え、太陽光発電事業など再生可能エネルギー事業を展開したり、多様な業界の企業群および地元自治体と協力・連携して叡智を結集し、環境配慮型のまちづくりを目指した「スマートタウン」や「エコタウン」など「スマートコミュニティ」を構築するといったことも挙げられる。

再生可能エネルギー事業の代表例としては、IHIが1978年に臨海の造船所用地として取得した鹿児島市七ツ島の約127 万㎡(東京ドーム約27個分に相当)に及ぶ広大な所有地に、国内最大級となる発電能力70MWのメガソーラー(大規模太陽光発電所)を建設し、2013年11月に稼働開始した事例が挙げられる(総投資額は270億円)。

また「スマートコミュニティ」の代表例としては、パナソニックが神奈川県藤沢市の約19万㎡の工場跡地に計画している「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン」が挙げられる(総事業費は約600億円)。太陽光発電や蓄電池を備えた約1,000戸の住宅に約3,000人が暮らす計画であり、多様な協力企業との共同出資により2013年3月にタウンマネジメント会社を設立し、14年4月に街開きを迎えた(街全体の完成予定は2018 年)。さらに同社は、横浜市港北区綱島東にある約37,900㎡の事業所跡地でも、同様の次世代都市型スマートシティ「Tsunashimaサスティナブル・スマートタウン」の開発を計画している(街開きの予定は2018年)。

(2)ショッピングセンター事業

次に非製造業の事例として、地域社会と関連性の深い商業施設、例えば大型ショッピングセンター(SC)を開発・運営するケースを考えてみよう。まず、都市構造、土地利用、交通体系、防災などの視点を含む調和の取れたSCの開発計画の提案・実現は、地域社会に社会的価値をもたらすと考えられる。出店地域にふさわしい「まちづくり」のコンセプトを持ってコミュニティとの共生を図り、不動産の空間価値を高める視点が欠かせない。自治体の施策に積極的に協力すべく、まちづくりへの強い参画意識を持って開発計画を提案することが求められる。

さらに出店後は地域住民にとって利便性の高い集いの場を提供することで、社会的価値が創出される。地域の雇用創出や税収増といった経済効果を通じて、地域活力や行政サービスの向上がもたらせる可能性もあるだろう。また東日本大震災を経て、防災拠点としてのSCの社会的役割にも期待が高まっている。

これらの社会的価値の創出と引き換えに、SC事業者は店舗の集客力向上による売上高・利益の増加や人材確保といった経済的リターンを受け取り、企業価値向上がもたらされるだろう。さらに次の出店計画に対して、地域住民や自治体からの協力が得やすくなるということも考えられる。

CREを起点とした社会的価値の自律的創出サイクル

企業が社会的価値を創出するためには、あらゆるステークホルダーとの双方向のネットワークづくりや信頼感の醸成、つまりソーシャル・キャピタルの形成が重要だ。ソーシャル・キャピタルは、企業が社会と共生し、CREを起点とした社会的価値の創出を図るための土壌になると考えられる。

企業が社会的価値の創出と引き換えに、経済的リターンとともに社会からの評価向上といった非金銭的リターンを受け取るのがあるべき姿だ。非金銭的リターンは、ソーシャル・キャピタルの醸成・深化を通じて、従業員のモチベーション・創造性・生産性の向上、良質な労働力の確保、顧客拡大、サプライヤー・取引先や株主からの協力、大学・研究機関や他企業との連携、地域住民や地元自治体からの協力・支援などを一層促進し、企業の経済的リターンとの好循環を生む。そして、この好循環は、CREを起点とした社会的価値の継続的な創出につながるだろう。

CRE戦略は、社会的価値創出に向けたCSRの実践において、極めて重要なポジションを占めると考えるべきだ。企業は、CREを起点に社会的価値と経済的リターンの好循環を生み出し、CREを社会的価値の継続的・自律的サイクルを創出するプラットフォームに進化させていかなければならない。

監修者

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員

百嶋 徹

1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門で各々第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~10年)。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)CREマネジメント研究部会委員(2013年~)。明治大学経営学部特別招聘教授を歴任(2014~2016年度)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(JFMA主催、2007年)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

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